ウクライナ映画人支援プロジェクト
今、ウクライナ映画を
観るということ

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『アトランティス』より

現代ウクライナ映画を代表するヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ監督の2作品『アトランティス』(2019)『リフレクション』(2021)(いずれもヴェネチア国際映画祭出品・日本未公開)がユーロスペースで3月29〜31日に上映された。義援金を集めてウクライナ映画人への支援とするクラウドファンディングプロジェクトで、上映鑑賞会込みの支援チケットはたちまち完売。多くの関心を集めている。

本プロジェクトの協力者でもあり、上映の際に映画の解説を行った筑波大学UIAの梶山祐治さんに、今、ウクライナ映画を観るということについて話を伺った。

Text=TRANSIT

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『アトランティス』より


言葉ではなく、映像で訴えるヴァシャノヴィチ作品



「ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ氏は、言葉ではなく映像で語る映画監督です。プロデューサー・撮影監督として参加した『ザ・トライブ』は、キャストがすべてろうあ者で全編手話のみで進む作品で、またその次の『ブラック・レベル』(日本未公開)は劇映画なのにセリフが一切ないものでした。2013年以降、ウクライナでは紛争を主題とする作品が多くつくられましたが、その中でも際立って、寡黙な映像を通して観客に考えさせる、想像させようとする作風が特徴ですね」

『アトランティス』の舞台は、ロシアとの戦争が終わり1年経った2025年のウクライナ東部。荒廃した地域で、戦争後のPTSDに苦しむ兵士が主人公だ。公開は2019年だが、ディストピアとして描かれている世界は今の物語と錯覚してしまうほど。2021年に公開した『リフレクション』もまたウクライナ東部の紛争地帯を舞台とし、収容所で屈辱的体験や暴力にさらされる外科医の物語である。
ウクライナはずっと、戦争がすぐそばにあったのだ。

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『リフレクション』より

ウクライナ映画と、ロシア映画。



ソ連が国として映画産業に力を入れていたこともあり、ウクライナも他の旧ソ連国と同じく活発に映画がつくられてきたという。

「なかでもウクライナの南にある、オデッサ映画スタジオではキラ・ムラートワのような優れた監督の作品が数多くつくられました。"ウクライナ映画"といっても、ウクライナのスタジオで制作されたロシア語作品もあれば、ウクライナ語作品もあり、ウクライナとロシアの共同制作も多いです。ロシア映画のベストを決めるときにウクライナ映画のベストとして選ばれた作品が入ることもあるでしょう。あまりウクライナ、ロシアと分けることの意味はなく、言語も文化も混ざりあっているのがウクライナ映画の特徴だと思います」

気になるのがウクライナやロシアの映画人たちの状況だ。この戦禍をどう過ごしているのだろうか。

「現在、ウクライナの18歳から60歳までの男性は国外に行けませんし、ヴァシャノヴィチ監督もキエフに残り、カメラを回して戦地にいるようです。それが彼の戦い方なのだと思います。

3月4日に、ロシア政府が『特別軍事作戦』と呼ぶものを『侵攻』『侵略』と呼ぶことを禁止し、軍の行動について"偽情報"を拡散すると最高15年の禁錮系で罰せられるようになりました。これを機に亡命するロシアの映画人が相次ぎ、ウクライナ侵攻に反対の意を示していた、ヨーロッパ最古とも言われる映画雑誌の編集長アントン・ドーリンも、ラトビアに亡命しています。

そしてまたウクライナでも、ロシア語の映画を上映禁止にしようという動きがあります。ウクライナの映画監督セルゲイ・ロズニツァ(現在はベルリンを拠点に活動)は、それに反対を表明したことでウクライナ映画アカデミーから除名されました。この流れは、本当にもったいないことだと思います」

ロシア映画を取り巻く状況も様々だ。カンヌ国際映画祭がロシアで製作された映画を禁止すると表明した一方で、ベネチア国際映画祭は、現政権に反対するロシアの映画作家は受け入れると発表。ロシア国内の映画館では、アメリカの配給会社がボイコットを表明したことで、今後ハリウッド映画のロシアでの上映が難しくなった。それを受けて「西欧諸国の映画の代わりにインド、韓国、中央アジアの映画上映を増やそう」と提案したロシア議員もいるという。しかしこういう流れは文化が貧しくなる一方だと梶山さんは警鐘を鳴らす。そして、前述したアントン・ドーリンが3月25日、自身のYouTubeチャンネルで、ロズニツァとリトアニアで対談したときの言葉を紹介した。

ドーリン 「芸術や映画は、プロパガンダに対抗できる何かを提示できるのだろうか?」

ロズニツァ 「人を惹きつけるものを生み出すこと、これなんだ。ウクライナの芸術家や監督たちがしなければならないのは、世界を魅了する独自のものを創造することだよ」




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左がアントン・ドーリン、右がセルゲイ・ロズニツァ

映画という旅。


梶山さんはこれまで、ロシア・中央アジアの映画上映会などを主催し、ロシア語圏を中心に映画をはじめとする文化を紹介してきた。日本で観られる作品はあまり多くないけれど、豊穣な世界が外にはまだまだ広がっている。

「戦争が1日も早く終わることを願っています。ロシア語のほうが得意なウクライナ人もいるわけで、豊かな文化が根付いていたウクライナの姿をまた映画の中で見たいですね。今、ウクライナ映画やロシア語圏の映画を観るということは、世界の現状を少し覗くということです。実際的な旅は難しいけれど、映画でなら、時間的な旅、空間的な旅が可能なのです」

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『アトランティス』上映後、梶山さんによるウクライナ映画についての解説が行われた

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左が矢田部吉彦さん、右が梶山祐治さん

今回の緊急支援プロジェクトには、『アトランティス』と『リフレクション』2作の版権をもつオランダを母体とする配給会社から、支援をふまえた上映をと働きかけがあったという背景がある。その提案を受け、前東京国際映画祭プログラミング・ディレクターの矢田部吉彦さんが有志を集め、上映のための資金と、ウクライナ映画界への義援金を捻出するクラウドファンディングを立ち上げた。目標金額の200万円を上回り、現在の支援は864名、510万円を超えている。(2022年4月2日20時時点)

支援の受付は、4月12日(火)まで。
▶ウクライナ映画人支援緊急企画 ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ監督作品『アトランティス』『リフレクション』上映会>
2022年3月29日〜31日

協力:New Europe Film Sales、Best Friend Forever、ユーロスペース、ユーロライブ、有限会社マーメイドフィルム、株式会社フリーストーンプロダクションズ、梶山祐治、水野ハチ、東京国際映画祭
字幕協力:グロービジョン株式会社 杉山緑
Special Thanks to : 永井耕一、川久保文、尾上朝美


梶山祐治(かじやま・ゆうじ)●筑波大学国際局グローバル・コモンズUIA。東京大学大学院博士課程単位取得退学。博士(文学)。専門はロシア文学・映画。中央アジア今昔映画祭やオンラインによるロシア・中央アジア上映会などで日本未公開作品の紹介を続けている。論文に「中央アジア映画史への招待」、『中央アジア今昔映画祭パンフレット』(トレノバ、2021)など。

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