島々に伝わる歴史と伝統に触れる
島根県・隠岐への旅。
〜信仰、⽂化編〜

Story - 2022.05.02
島根県・出雲縁結び空港から⼩型⾶⾏機で30分の場所に浮かぶ隠岐諸島。主要4島と180あまりの無⼈島で構成された隠岐には、⽇本列島の成り⽴ちを紐解くヒントとなりうる地質が多く残されていることから、「ユネスコ世界ジオパーク」にも認定されている。そんな隠岐の島々をめぐった旅の記録を、前編・後編に分けてお届け。

photography = MINA SOMA/text=YUE MOROZUMI(TRANSIT) /supported by OKI ISLANDS UNESCO GLOBAL GEOPARK

前編では、隠岐の⽕⼭や⽇本海の浸⾷が⽣み出した⾃然景観にフォーカスして島々を訪れた。
今回の後編では神社や信仰や⽂化に触れながら、隠岐の歴史を感じる旅に出た。



<隠岐の基本情報・信仰編>


隠岐4 島のなかには、なんと100 社以上の神社が存在する。平安時代に編纂された『延喜式神名帳』(全国の神社の格などが記載された法令)には、隠岐から16社が掲載されており、そのなかでもとくに格式の⾼い名神⼤社に由良⽐⼥(ゆらひめ)神社、宇受賀命(うづかみこと)神社、⽔若酢(みずわかす)神社、伊勢命(いせみこと)神社の4 社が名を連ねている。島根県内にあるそのほかの名神⼤社は、出雲⼤社と熊野⼤社の2 社のみ。いかに隠岐に有⼒な神社が多くあったかがうかがえる。その理由は諸説あり、⼤陸からの⽞関⼝であったため、国⼟を守りたいという気持ちが信仰へとつながったのでは、などといわれている。
02402202_6.jpg
海士町にある名神⼤社のひとつ、宇受賀命(うづかみこと)神社。⽥んぼの中に現れるこの神社は、今でも地域の⼈が⼤切に守っている。


隠岐の総社・⽟若酢命神社。
三⼤杉のひとつ「⼋百杉」も


L1130706.jpg
まずは、隠岐の総社である⽟若酢命(たまわかすのみこと)神社を訪れた。西郷港から⾞で約5分ほどの距離にあり、平安時代に編纂された『延喜式』にも掲載されている由緒正しき神社のひとつ。寛政5 年(1793)に建造されたという本殿は、国の重要⽂化財にも指定されている。

L1130682.jpg
そして、⽟若酢命神社の神⾨をくぐると、樹齢千数百年といわれる「⼋百杉(やおすぎ)」が現れる。⼋百杉は島後の三⼤杉にも名を連ねており、その⼤きさは樹⾼38m、根元の周囲約20mにおよぶという。太くまっすぐに天に向かって伸びるその姿は、神様とともに隠岐の⼈びとを⾒守りつづけてきた、歴史の⻑さを感じる。

L1130614.jpg
役⼈である証拠として扱われていた駅鈴。

⽟若酢命神社に併設されている〈億岐家住宅・宝物殿〉では、奈良時代に実際に使⽤されていた駅鈴や、⼤化の改新の時代に使⽤されていた印など、国の重要文化財の品々を間近で⾒ることが可能。とくに駅鈴は、国内に現存しているのがこの資料館にあるもののみ。そのため、かつて天皇の御所が完成した際には、「五種の神器」のうちのひとつとして儀式に参列したといわれている。現在、実際にその鈴を鳴らすことはできないが、資料館ではかつて鳴らしたときに録⾳したものを聴くことができる。歴史ある神社に響く、上品かつ気品のある⾳⾊に⽿を傾けてみよう。


島々に残る、木や岩を崇める⾃然信仰


つづいてやってきたのは、隠岐の島町の北東部、布施という集落だ。ここでは、⼭全体を御神体とする⾃然信仰が今も残っているという。集落から少し離れた杉が密⽣する⼭道を進むと、⼩さな⿃居が⾒えてくる。⿃居をくぐると樹齢800年の杉の⼤⽊がそびえ⽴つのみだが、実はここはすでに神社のなかなのだ。この大山神社には本殿や拝殿はなく、大木そのものが御神体として崇められている。飾り気のない神社の姿は、静寂につつまれ厳かな雰囲気を醸していた。

02402202_4.jpg
⼤⼭神社で⾏われる例祭「布施の⼭祭り」では、お揃いの法被を着た男性たちが「⽊遣唄」を歌いながら神事を⾏う。

この⼤⼭神社では、4⽉になると⼭の神様へ祈りを捧げる「布施の⼭祭り」が2⽇間にわたって⾏われる。1⽇⽬には、集落の男性たちが協⼒しあい、かずらを⼭から切り出し町を練り歩く「帯裁ちの神事」を。翌⽇に、そのカズラを神社の杉に巻きつける「帯締めの神事」が⾏われる。⼭開き的な意味をもつこの祭り、かつては町中の⼈びとが参加し、同時に開催される宴もにぎわいをみせていたという。

だが、近年はコロナの影響で、ごくごく⼩規模での開催にとどまっているそうだ。布施の区⻑を務める⼭⼝さんは、「30年前ぐらいが⼀番盛り上がっていたかな。徐々に携わる⼈が少なくなっているが、ずっとつづけてきたこの祭りが、次の世代にも引き継がれたらうれしい」と話してくれた。

L1140161.jpg
巨岩信仰で知られる御客神社。巨⼤な岩の上には、⽊の根がはりめぐらされている。

隠岐には⼤⼭神社のほか、巨岩を御神体としている御客神社(おんぎゃく)や、乳房杉(ちちすぎ)を御神体とする岩倉神社など、⾃然信仰が残っている場所がほかにもある。なぜ隠岐に⾃然信仰が多く残っているのか、はっきりとした理由はわかっていない。だが、隠岐の⼈びとが雄⼤な⾃然に親しみ、畏敬の念を感じていたことは間違いないだろう。


隠岐の名⽔を使⽤した、清らかな⽇本酒


L1130806.jpg
隠岐に伝わる信仰を学んだあとは、豊かな⾃然が育んだ島の⽂化に触れてみてはいかがだろうか。隠岐の名酒「隠岐誉」を製造する〈隠岐酒造〉は、島の各地にあった5つの蔵元が統合してできた酒蔵だ。酒蔵内の⾒学も⾏っており、お⼟産にも⼈気の逸品「隠岐誉」が製造される⼯程を、1 から順に学ぶことができる。(※実施は新型コロナウイルスの状況による)

酒蔵内をめぐりながら、「隠岐誉」などのクリアなおいしさの秘密を⻑⾕川社長に尋ねると、その答えは⽶と⽔にあると教えてくれた。「〈隠岐酒造〉では、⽶の精⽶から⾃社で⾏っており、種類や⽶の状態によって精⽶具合を変えているんです。隠岐で穫れたお⽶を使⽤している銘柄もあります。また、隠岐は島にしては珍しく⼤きな川が流れており、⽇本百名⽔に選ばれている湧き⽔が2つもあるんですよ」

02402202_3.jpg
急峻な地形に富む隠岐諸島のなかで、島後には比較的広い平地があるため稲作にも適している。島で栽培した⽶と、島に流れる澄んだ湧き⽔。この2つが揃っているからこそ、隠岐ならではの爽やかな⽇本酒が⽣み出されるのだ。「酒質の向上に天上なし」を合⾔葉に、毎年異なる⽶の状態や気候を吟味し、徹底した酒造りにこだわっている〈隠岐酒造〉。隠岐の⼤地が育んだ名酒を、ぜひ嗜んでみてほしい。


豊かな漁場で取れた海の幸をふんだんに使ったランチを


お⼟産に⽇本酒を購⼊したら、お昼の時間に。隠岐で愛されるご当地グルメは、ランチにもぴったり!暖流と寒流が交わる場所に近い隠岐の海は、栄養が豊富。海産物にとって絶好の育成環境のため、⿂やウニ、海藻のほか、サザエやバイ⾙といった⾙類など⿂介類が豊富に獲れる。隠岐で⽣まれ、⼈びと々に愛されてきた逸品を味わって。

① 寒シマメ


11〜3⽉頃に⽔揚げされたスルメイカのことを、隠岐では「寒シマメ」と呼ぶ。海士町のキンニャモニャセンターにある〈船渡来流亭(せんとらるてい)〉の⼀押しは、この細⻑く切ったスルメイカを肝とともに醤油に漬け込んだものを、卵⻩や薬味とともに⽩⽶に載せて⾷べる「寒シマメ漬け丼」。すべてを混ぜ合わせ⼝に運ぶと、⽢みのあるイカに肝と醤油の旨味が加わり、最後にまろやかな卵が全てを包み込む、まさに⾄⾼の丼ぶりだ。「寒シマメ」は、特殊な冷凍技術で新鮮さを保っているため、そのおいしさを1年中味わうことができるのがうれしい。

L1150735.jpg
菱浦港キンニャモニャセンター2F にある〈船渡来流亭〉では、「寒シマメ漬け丼」のほか、隠岐の名産品を使った定⾷などが楽しめる。

② さざえ丼


春から夏にかけて旬を迎える隠岐のサザエは、味も⾷感も絶品!そんなサザエを使⽤した「さざえ丼」は、隠岐4 島各地で⾷べることのできるご当地グルメ。隠岐の島町にある〈さざえ村〉で提供される「さざえ丼」は、卵とじ形式。⼀⼝⾷べると、コリコリとした⾷感のさざえに、これまた隠岐名産のあご(トビウオ)を使⽤した出汁がじゅわっと溢れ、海のうまみが⼝いっぱいに広がる。店によって、さざえを壺焼きにしてごはんにのせたもの、天ぷらにしたものなど、オリジナリティあふれる「さざえ丼」があるので、⾷べ⽐べるのも楽しい。

L1160498.jpg
〈さざえ村〉のさざえ丼は、隠岐で獲れた海藻の「アラメ」⼊り。あごの出汁がらを使ったふりかけを途中で投⼊して味に変化を。


洞窟の中に建てられた神社で海上安全を祈る


L1150817.jpg
最後に、島前・西ノ島町にある焼⽕神社(たくひじんじゃ)へ向かった。この焼⽕神社は海上安全の神様として崇められているが、これはとある伝説に起因している。その昔、海上で迷ってしまった船乗りが神に祈ると、海上から⽕が三つ浮かび上がり、安全な⽅向に導いてくれた、その⽕の⽟が焼⽕⼭の岩の中へ⼊っていった、というもの。それ以来、⽇本海の船⼈に海上安全の神と崇められており、隠岐の各島を結ぶフェリーを運営している隠岐汽船は、今も焼⽕神社の近くを通過するときに安全を祈って汽笛を鳴らすのだそう。

02402202_5.jpg
そして焼⽕神社の⾒所といえば、やはりこの独特の建築だろう。⼤きな岩⽳に半分ほど⼊り込んだ本殿は、1732 年に改築されたものではあるが、現在の隠岐の社殿でもっとも古い建築とされている。この独特の形がどのように建設されたかというと、大阪・堺の宮⼤⼯が制作した建物を⼀度解体し、隠岐に運んでから島の⼤⼯が再度組み⽴て直す、という⼯法。当時としては画期的な⽅法で、都の⾼い技術を取り⼊れつつも⼈件費を抑えることができたのだ。

焼⽕神社では、毎年旧正⽉になると、集落ごとで決められた⽇にその集落の⼈が総出でお参りをする「はつまいり」という習慣が今も残っている。漁業が盛んで、⽇常の往来にも海上交通を利⽤するなど、常に海とともに暮らす隠岐の⼈びと。だからこそ、海の神様に祈りを捧げ、⼤切にしているのだ。


DJI_0735.jpg
ダイナミックな⾃然や、独特の信仰が残っている隠岐。迫⼒ある光景をもとめてジオサイトをめぐるもよし、各地に残る神社をお参りして、パワーをもらうのもよし。〈Entô〉でホテルステイに癒やされて、ゆったりと海を眺めるだけでも楽しい。⼩さな島のなかにたくさんの魅⼒が詰まった隠岐の島々を、ぜひ旅してみてほしい。

雄⼤な地球の営みを感じる 島根県・隠岐への旅。〜自然編〜はこちら。



今回の立ち寄りスポット


・⽟若酢命神社、億岐家住宅・宝物殿
隠岐の島町下⻄713

・⼤⼭神社
隠岐の島町布施

・隠岐酒造
島根県隠岐郡隠岐の島町原田174
HP:https://okishuzou.com/

・船渡来流亭
島根県隠岐郡海⼠町福井1365-5キンニャモニャセンター2F
https://www.instagram.com/oki_ama_central/

・さざえ村
隠岐の島町中村

・焼⽕神社
島根県隠岐郡⻄ノ島町 焼⽕⼭
http://takuhi-shrine.com/

See Also

20230328_T58kokuritsukouen_04.jpg

#NIPPONの国立公園十和田八幡平国立公園(後編)変化していく混...

20230328_T58kokuritsukouen_02.jpg

#NIPPONの国立公園十和田八幡平国立公園(前編) 火山の恵み...

alps1.jpg

一度は行きたい日本の山小屋5選高山も、低山も、食も楽しみたいby ...

20230726_KAPITALspring_web_00.jpg

〈KAPITAL〉を纏う猪鼻一帆 in 京都 春夏藍秋冬「浅葱と庭...