自然の力だけで世界中を旅する
ハワイ伝統航海カヌー「ホクレア」の
世界一周の映画『モアナヌイアケア』

Story - 2022.06.27
text=TRANSIT/photography=POLYNESIAN VOYAGING SOCIETY ʻŌIWI TELEVISION NETWORK


古代ポリネシアで使われていたカヌーを再現して、1976年に造られた帆船「ホクレア」。船の動力は、風と波。羅針盤となるのは、スターナビゲーション。つまりは、星、月、太陽といった天体の動きを手がかりに、航海士が舵を取る。エンジンも、GPSも、コンパスにも頼らない。太古のポリネシア人が、ハワイ、ラパ・ヌイ(イースター島)、タヒチ、ニュージーランドといったオセアニアの島々を巡っていたように、伝統航海術で旅する船なのだ。

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1000〜1300年頃まで、4000km以上も離れたタヒチとハワイの間には交流があったと考えられている。


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ホクレアの建造当初の様子。

船の構造はとてもシンプルだが、古代ポリネシア人の叡智が詰まっている。双胴カヌーと呼ばれる2つの船体をつなげて安定感をもたせた設計で、古代カヌーと同じように釘は使わずにすべてロープでつなぐことで、波をしなやかに受け止めて長距離航海に適した船体になっている。

エンジンのないホクレアのおもな動力源は風だが、キャンバス地の2つの大きな帆で風を受けて前へ進むように造られている。船尾には100kg超の大きなパドルがあって、乗組員たちが交代で舵を握る。万が一に備えてエスコートボードとともに航海する体制をとっていて、船にはラジオ無線機器と太陽光パネルを積んで、朝晩、ラジオ無線で自分たちの無事が伝えられるようにしている。

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ホクレアをきっかけに、何世紀ものあいだ途絶えていたポリネシアの伝統航海術に光が当たり、ハワイ各島、タヒチ、サモア、クック諸島、フィジー、ニュージーランドでは次々と新たな航海カヌーがつくられてきた。伝統的な素材をできるかぎり使って建造された「ハワイロア」や、最新のエコテクノロジーと伝統航海カヌーの技術が融合した「ヒキアナリア」をはじめ、現在では太平洋諸島に20艇を超える航海カヌーが誕生している。

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ホクレアの名前にある、「hōkū」はハワイ語で「星」、「leʻa」は「幸福」を意味する。

そうやって伝統航海の輪を広げてきたホクレアだが、ホクレア自身の旅もまた、1976年にハワイからタヒチに向けて初航海を果たしたあと、太平洋の島々や日本にまで旅を広げてきた。そんな数々の旅を重ねてきたホクレアだが、もっとも壮大な旅となったのが、2014年から2017年に計画された世界一周旅だ。

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ホクレアの世界一周ルート。ハワイ島が出発地であり終着地となる。

ハワイ島をスタート地点に、タヒチ、ニュージーランド、オーストラリア、インド洋を通ってアフリカへ渡る。そこから南米、カリブ海、北米へと立ち寄って、一時南下。ガラパゴス諸島から絶海の孤島ラパ・ヌイへ向かい、再びタヒチを通って、ハワイ島へ戻ってくるというルート。3年間がかりの、走行距離およそ約75,600kmの旅程だ。赤道一周が約4万kmだから、その倍近くの距離ということになる。ハリケーン期の海を越えたり、海賊が行き交う危険な海域を通ったり、ホクレアでは未だ運航したこのとのない海を渡らなければいけない、危険も伴う旅でもある。

そんなホクレアの世界一周の旅を記録したのが、ドキュメンタリー映画『MOANANUIAKEA(モアナヌイアケア)』だ。


3年と約75,600kmの海の旅。


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「風速46m、波高約4m、月もない雨の夜の転落事故を想定しよう。誰かが船尾のトイレに行く。海に落ちた。数える。1秒、2秒。姿が見えない。助けられるか? 船速13km。助けられるか?」

映画の物語の序盤。ホクレアのクルー会議で、乗組員候補者たちにベテラン航海士のナイノアが問う。そしてナイノアは言う、「課題は2つ。航海の成功と全員無事故の帰還」だと。

この旅は、速さを競うレースではない。乗組員と乗客が分かれた客船でもない。誰かが海に落ちたら、助けに戻る。それが最優先事項。そして大海原で頼りになるのは自分たちしかいない。

「航海の成功に必要な作業の95%は出航前にある」と劇中の言葉にもあるように、陸にいる間に乗組員たちは厳しい体力検査や訓練を重ねて、船の操縦や伝統航海術の計算方法を学び、入念に旅程を立てて、出発の準備をしていく。

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ランニングや救助活動の訓練をしたり、スターナビゲーションのイメージトレーニングを行う、ホクレアの乗組員たち。


風、波、天体をよみ、直感に従う。


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ケープタウン出港後、南大西洋に浮かぶセントヘレナ島を見つけられずに彷徨うホクレア。もっとも近い島でも1000km以上離れていて、ラパ・ヌイのように見逃しやすい。

では、21世紀にポリネシアの伝統航海法で世界一周を試みる意味とはなんだろうか?

船上では波飛沫やスコールを常に受けて体力を消耗していく乗組員たちや、船酔いに悩まされる新人クルーたちが映し出されて、過酷な船出が描かれている。

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航海士であり地球学者でもあるハウナニ。

なにより緊張が走るのが、舵をとる航海士見習いたちの姿だ。 日の出、日没、夜間の星の動き、そして船の速さを一日の間に何度も計算し、目的地となる島の場所を導き出して、船のを針路決めていく。目的地に近づいたであろうところまでくると、ただひたすらに水平線の先に島を探す。航海士たちも島影を見るまでは確信をもてずにいる。それでも信じて舵をとるしかない。ほんの数kmずれただけで、波が高いだけで、雲が水平線にあるだけで、島は視界に入らず、島に辿り着くことができない。そんな針の目に糸を通すような細やかさで、島を見つけていく。

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360度の円を32方位に均一に分けた「星のハウス」で構成したスター・コンパスによって、船の位置を知る。

島を見つけることを彼ら独特の表現で「海から島を引き上げる」というが、まさに言葉どおり。波間から朧げに黒い島影を見つける様子は、島がそこにあるというよりも、自ら捕まえにいくような感覚なのだ。 計算どおりに船を進めても何日も島を見つけられないこともある。一日中何度も計測して、最善をつくしているというのに、だ。そんな局面で、何を頼りに船を進めていくのか......。ときには天候という自然のサインによって、ときには航海士たちの直感によって、計算とは別の方角に舵をとって、彼らは島を見つけ出していく。

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航海士見習いのカレオが舵をとって、初めて島を見つけたときの様子。

天体、波、天候、直感、あらゆるサインを読んで海を渡ってきたポリネシアの祖先たちのことを思うと驚かされるけれど、忘れ去られようとしていた知恵を取り戻し、昔の技術や自然環境に逞しく適応していく現代のクルーたちの姿にも心を動かされる。

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4日以上かけてラパ・ヌイを見つけ出した乗組員たち。


新たに紡がれる物語。


ホクレアの旅は、伝統航海術の時代検証や、次世代への文化継承といったことも大きな意味をもっているけれど、旅が進んでいくごとに、そこに新しい物語が生まれていくことにも気がつく。

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ニュージーランド、アフリカ、アメリカで歓迎を受ける様子。

ホクレアが寄港する先々で、現地の人びととの交流が生まれる。

タヒチ、サモア、グレートバリアリーフ、アメリカのタンジャーに立ち寄って、海辺に暮らす人びとと環境問題について話し合う。マオリ、アボリジナル・ピープル、ネイティブ・アメリカンといった民と先住の文化について語り合う。ガラパゴス諸島のような野生溢れる島で地球環境への希望を見い出していく。ニューヨークを訪れたときには、ホクレアのベテラン航海士ナイノアが、船の旅で目にしてきた海の環境問題について、国連で演説を行う場面も出てくる。

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オーストラリアのグレートバリアリーフで研究者と意見交換を行う様子。

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海岸線の99%を立ち入り禁止にすることで、海の環境を再生させたガラパゴス諸島。

乗組員たちは経験の有無に関わらず、みな日々の困難と決断に向かって、何かを取り繕う間もなく、手足を動かしていく。はじめて上陸した土地、はじめて出会った人や風景に、驚きや喜びや悲しみといった素の表情を見せる。そんな彼らの姿が、旅で出会った人を巻き込み、映像を観ている人をも巻き込んでいく。いつしか、ホクレア乗組員たちの限られた物語ではなく、自分たちの物語でもあるように思えてくるのだ。

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NYの国連でスピーチをする伝統航海士ナイノア。

ホクレアのキャプテンであるポマイ・バートルマンが、旅の合間に立ち寄った学校で生徒たちにこんな言葉を投げかける。「カヌーは島。島はカヌー。地球(ホヌア)も宇宙に浮かぶカヌーなんです」

自分もクルーの一員になったように引き込まれてしまう。それこそが、ホクレアがもつ力なのかもしれない。

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長編ドキュメンタリー映画『モアナヌイアケア』は、2022年5月よりハワイの姉妹都市を含む日本各地で上映会開催予定。上映会の一般申し込み方法やホクレアの活動情報、伝統航海カヌーのホクレアやヒキアナリア号のサポート情報はこちらからご確認を。



■Information

伝統航海カヌー ホクレア情報サイト

ポリネシア航海協会サポーター募集


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