岡山・倉敷で青の旅 vol.1
デニムの過去・現在・未来を見わたす
アートイベント「SETO INLAND LINK」

岡山の倉敷といえば、国産デニムのはじまりの地。日本一のデニム生産量を誇り、海外のハイブランドからの注文も絶えない。そんな倉敷でデニムにまつわる展覧会「SETO INLAND LINK」が開催されると聞いてやってきた。なぜ岡山で日本のデニムが生まれたのか? どんなところでデニムづくりをしているの? そしてデニムづくりをする人たちがはじめたアートイベントとは? そんな日本のデニムの過去・現在・未来をたずねた。

photography=KATSUSUKE NISHINA
text=MAKI TSUGA(TRANSIT)
special thanks=癒toRi18, YUKO SAKAMOTO(PR01.)

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児島がデニムの街になるまで


東京駅から新幹線に乗って3時間ちょっとで岡山駅へ。そこからJR瀬戸大橋線に乗り換えて約20分で児島駅に到着。駅のホームに降りると、自販機や駅の壁といったあちこちがデニムでラッピングされていてびっくり。

さらに驚いたのが、改札にあった「むかし児島は、島だった!!」の掲示板。日本最古の歴史書『古事記』の国生み神話では、「吉備の児島」は日本で9番目に誕生した島だと記されているのだ。実は児島が島だったこととデニムづくりには、深い関係が......。その話はまたあとですることとして、早速、デニム工場へ向かう。

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JR児島駅に到着。デニムづくしな駅。 ©TRANSIT

児島にはデニム関連の工場がいくつもある。児島のデニムづくりは、染色、縫製、加工などを会社ごとに分業にしていることがほとんどで、1本のデニムができあがるまでにいろんな工場を経由していくという。

今回向かったのは、デニムの展覧会「SETO INLAND LINK」を企画したデニム製造加工工場の「癒toRi18(ゆとり18)」。工場に一歩入ると、作業場の両脇には縫製済みのデニムが大量に積み重なっているのが見えた。海外のハイブランドから日本のティーン向けブランドまで、誰もが知るようなブランドの名前が書かれた発注書がずらりと壁に貼られている。現在、「癒toRi18」では、約150もの国内外の会社と取引をしているという。

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児島にあるデニム製造加工工場「癒toRi18」の作業場。30代をメインに20〜60代の男女が働いている。

ひとくちに加工といってもさまざま。「癒toRi18」の工場は、やすりがけしてアタリ(擦れた跡)を入れるところ、破れ加工をするところ、薬品をかけて色落ちさせるところ、ペンキで色付けをするところ、縫製をするところ、サンプルをつくる企画室などといろんな区画に分かれている。その多様さが強みでもある。ブランド側のデザイナーと工場の職人が仕上がりイメージを相談しながらサンプルを仕上げて、製品化する加工具合を決めていく。

「癒toRi18」で働く職人たちは、服飾の専門技術や知識なしで入ってくる未経験者が多く、本人の希望と特性をみながら、それぞれの持ち場が決まっていくそう。強みができたら、もうひとつ、またひとつとできることを増やしていって、作業場を掛けもちしていく。

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元制服工場だった建物を増築しているということで、工場内は迷路のよう。実は児島はデニムの街であると同時に学生服の街としても知られていて、全国の約7割(1940年代には9割も!)の学生服を生産している。

冒頭でも触れていたように、児島はもともと瀬戸内海に浮かぶ島だった。江戸時代中期に行われた干拓で陸続きになった土地なのだ。そのため干拓した土壌は塩分を多く含んでいて稲作などに向かず、そんな理由から綿花の栽培がはじまって繊維産業も盛んになっていったのだ。

明治、大正、昭和へと移り変わるごとに、だんだんと和服から洋服の時代になり、1918年には児島で学生服が大量生産されるようになる。

1965年には学生服や作業服を製造していた児島の「マルオ被服(現在のビッグジョン)」が、アメリカ産のデニム生地を使ってデニムを縫製・販売することで国産初のジーンズが生まれる。その後、倉敷紡績が国産デニム生地を開発。生地、縫製、染色、加工の質の高さから、世界からも「日本の、倉敷の、デニム」が一目置かれるようになるのだ。

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瀬戸内海が見える倉敷・児島の街並み。

現在でも、倉敷の制服や国産デニムの生産量はNo.1のシェアを誇る。ライフスタイルの変化に合わせて業態を変化させてきた児島のたくましい繊維業だけれど、いま日本のデニム産業は、職人たちの高齢化や後継者不足、グローバル市場での価格競争など、課題も増えてきているという。そんな背景も含めて立ち上がったのが、デニムを新たな視点で捉えなおす展覧会「SETO INLAND LINK」だった。


デニムの可能性を見つめる「SETO INLAND LINK」


「工場が連なって、1つのものができるというのは児島らしいものづくりの在り方だと思います。デニム産業って人がいないと成り立たないんですよね。人っていろんな個性があって、得意なもの不得意なものがあったりする。それが輪になって、塊になって、会社や地域の産業がまわっていく。そこには楽しいストーリーがたくさんある。『SETO INLAND LINK』も、デニムをとおしていろんな人とつながりたいという思いではじめました」

そう語るのはイベントを企画した「癒toRi18」の代表・畝尾賢一(うねお・けんいち)さんだ。

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倉敷川沿いに白壁土蔵が立ち並ぶ倉敷の美観地区。

2023年10月7日〜9日に倉敷市で行われた「SETO INLAND LINK」では、「"デニム"が紡ぐ多様な個性」をコンセプトにして、国内外のアーティストや、地元の小学生、県内のデニム製造会社・職人などが参加して、デニムの残反などを使ったアート作品が街中に展示されたり、デニムにまつわるワークショップが行われた。

会場となったのは、倉敷市の美観地区にある〈児島虎次郎記念館〉〈旅館くらしき〉〈倉敷物語館〉。江戸時代から大正・昭和にかけて建てられた空間を眺めながら、倉敷の新旧を感じることもできる場所だ。

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「デニム加工って、あまりルールがないんです。道具もやり方も自由。たとえば長くデニムを穿き込んだような味を出したいときに、電動ヤスリを使ってデニム生地をこするんですが、そのヤスリというのも建設現場で使う工具を自分たちで調整してデニム加工用に使ったりします。もっといえば、自動車にデニムをくくりつけて、引きずってダメージ加工をしてもいいんです(笑)。

この『SETO INLAND LINK』でも、アーティストや、子どもや、デニム愛好家といったさまざまな立場の方に参加してもらうことで、いろんな視点から自由にデニムを捉え、表現してもらいました」

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1982年、倉敷市生まれの畝尾賢一さん。高校卒業後にいろんな職業をするなかで繊維加工に出会い、デニム製造加工会社「癒toRi18」を設立する。また、発達に遅れや不安のある小学生から高校生までの子どもたちが通う、放課後等デイサービス「パントーン・フューチャー・スクール」の代表も務める。

「たとえばデザイナーの津野青嵐さんの作品では、放課後等デイサービスに通う小学生たちと一緒になって、デニムの残反を使って服をつくってもらったんですが、僕はデニムの生地を提供してあとは見守るだけ。

津野さんと子どもたちで、最初に『自分の身近にいる大切な人に服をつくろう』というテーマが決まって、そのあとは服のイメージとそれを着る人のスケッチを画用紙に書いて、デニムの残反で服をつくっていって、最後に完成した服を着てランウェイをしたんですよね。

目の前でものができ上がっていく勢いだったり、子どもたちが楽しそうにものをつくっていく姿は見ていてとてもうれしかったですね。完成した服を通して、そうした熱を感じとってもらえたらよいなと思います」と話す畝尾さん。

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津野青嵐(つの・せいらん)さん。精神科の看護師としての経験をもち、ファッションデザイナーとして活躍する。3Dペンを使った独創的な衣装が世界から注目されている。「SETO INLAND LINK」では、倉敷の「パントーン・フューチャー・スクール」に通う小学生と一緒に、デニムの残反をつかった衣装を制作。津野さん自身も衣装をつくりつつ、子どもたちが制作した衣服に合わせて布のマネキンも制作した。


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八木華(やぎ・はな)さん。古布を繋げて新しい布として利活用する青森の「ぼろ」文化に関心をもち、古布や刺し子によって新たな衣服を制作しつづけている。「SETO INLAND LINK」では、デニムの残反を赤く染めて、デニムのイメージを鮮やかに塗り替えるような真っ赤な衣装を制作。


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ほかにも700万円(!)の価値があるヴィンテージデニムや、韓国ボーカルグループ・SUPERNOVA(超新星)のメンバーであるゴニルさんのデニムをつかったアート作品、デニム職人による作品が飾られていたりと、デニムづくしの展示に。

いろんな人を受け入れる裾野の広さや、手を動かしながら立ち上がってくる楽しさは、デニムならではの表現なのかもしれない。それに人とつながりながら新しい価値や美しさを自分たちで発見していく逞しさは、倉敷らしさでもあるのかもしれない。そんなデニムの可能性と、倉敷の連綿とつづく歴史も感じさせてくれる展覧会だった。
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