みんなの旅支度
内野加奈子(ホクレアクルー)
カヌー暮らしに欠かせないもの

日々、旅をしているあの人は、鞄に何を詰めて、どこへ向かうのだろう?

海図やコンパスを使わずに海を旅する伝統航海カヌー「ホクレア」。その日本人初となるクルーを務める内野加奈子さん。ホクレアの活動以外にも、ハワイでスタートしたプロジェクト「海の学校」では、子どもたちに海の可能性やサンゴの魅力などを教えている。2022年8月に表参道のスパイラルガーデン(スパイラル1F)で開催された「海の森、海のいま展 ― 海のレシピプロジェクトと新たな航海のはじまり」のトークイベントに参加するために東京に来ていた内野さんに、ホクレアについて、航海に出るときに欠かせない7つ道具について、話を訊いた。

text & photography = TRANSIT



── ホクレアの航海に出るときに欠かせない7つ道具を教えてください。


内野加奈子(以下、内野):船上の空間は限られているのでたくさん荷物を持ち込めないんですが、この7つの道具は必ず持っていくようにしています。

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〈Patagonia〉のH2Noジャケット / 「防水性、透湿性、耐久性が高くて、海上生活に欠かせないアイテムですね」
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〈Pualani Hawaii〉の水着/「とにかく船上では濡れることが多いので、ふだんから水着を着用しています。生地が柔らかくて気持ちいいので、下着がわりにもなります」
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〈SEA TO SUMMIT〉のドライサック/「濡らしたくないものは防水のドライサックの中に入れています」
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〈WEST MARINE〉のマリンスパイクフォールディングナイフ/「ホクレアのカヌーは釘を使わずに木などの材料をロープでつなぎ合わせてできています。カヌーは自分たちで修繕するようにしていて、ロープを結んだり、解いたり、切断したりするのに、このナイフを使っています」
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〈Maui Jim〉 のサングラス / 「直射日光から目を守るために必須です」
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スターマップ/「星の運行が書かれた地図です。スターナビゲーションをするうえでとても大切」
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ノート/「航海するときの唯一の手がかりとなるのが自分の記憶。太陽、月、星、波のうねりを書き留めるために使っています」
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── ホクレアで航海するためにはどれも欠かせないアイテムですね。


内野 : 実際にカヌーに持ち込む荷物はほかにもありますが、海の上、カヌーの上で体を守るためにはどれも絶対に必要なものですね。

必要な道具を揃えてカヌーの上で快適な生活を送ることは、航海中の集中力を維持するために大切なことです。

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── 海との出会いは?


内野 : 東京で生まれ育ったんですが、小さい頃から海が好きで、家族でも学生になってからもよく海に行っていたんです。とくに記憶に残っているのが、学生時代に行った三宅島。そのとき初めて足のつかない海に入ったんです。そこで見た海の中の光景にすごく野生を感じて......。陸の野生とはまた違った魅力を感じました。

それ以来、日本の海にあちこち通うようになって、フリーダイビングしていました。今もダイビングは私にとって大事な要素なんですが、ホクレアの活動をするようになって、海と関わる範囲が広がりましたね。

── ホクレアとの出会いは?


内野 : 学生のときです。漠然と海に関する何かをしたいと思って、海について学べる学校を探していたんですね。そんなときに友だちが、「これ、読んでみたら」ってホクレアの伝統航海の本を渡してくれたんです。それを読んで衝撃を受けて。「ホクレアについて知りたい。海について学ぶなら、海と深く関わる文化のある場所に行きたい」 と思って、ハワイ大学に留学をすることにしたんです。

現在はハワイ大学の敷地管轄の施設がホクレアの活動拠点になっているのですが、 私がハワイに留学した当時は、まだホクレアのきちんとした施設はなかったんです。港に ホクレアを停泊させて、乗組員たちが船の修理をしたり、トレーニングをしたりしていたんですね。キャプテンに「私はホクレアのことを知りたくてハワイに来たんです」と伝えたら、手伝いをさせてくれるようになって。

そんなふうに、ハワイ大学ではサンゴ礁の研究をしながら、その合間にホクレアとのつながりをもつようになって、1、2年経った頃に、「クルーにならない?」と声をかけてもらって、メンバーになっていったという感じです。

── 内野さんの最初のホクレアの航海はどういった旅だったんでしょうか?


内野 : 最初はハワイ諸島内の航海でした。ハワイは100以上の島があるんですが、その中で旅行客が行ける主だった島が6つあって、その6つの島を行き来してトレーニングしていました。オアフ島からハワイ島とか、オアフ島からマウイ島を往復したりしていましたね。

大きな航海となったのが2004年。ハワイ島から出発して、ミッドウェー諸島まで行く約2000kmの旅でした。行き帰りだと1カ月ぐらいかかりましたね。長い期間、カヌーの上で生活するのでトレーニングとは違っていろんなことが刺激的でした。

── 船上では、ご飯はどうしているんでしょうか?


内野 : ホクレアには冷蔵庫がついてないので、腐りにくい食材を持っていきます。カヌーの真ん中にキッチンスペースがあって、プロパンを積んでいて火がつくようになっています。そこでお米を炊いたり、魚を焼いたりして調理していました。

出発前にメニューに従って1日ごとに食材をパッキングしていきます。あとルアーを使ってカヌーから釣ることもあります。マグロやカツオといった大物も釣れるんですよ。ちょうど私はホクレアのタヒチの旅から帰ってきたばかりなんですけど、今回の航海中には100kg弱のマグロが釣れました。とても巨大で一度に食べきれないので、干して保存食にして後で食べましたね。食は結構充実していますよ。

── 眠るときは?


内野 : 半個室みたいになっている場所があって、そこで仮眠をとります。スペースとしてはだいたい1人用テントほど。カヌーに乗っている間は、交代で睡眠をとります。ナビゲーターは、夜も日中もほとんど寝ないですね。

ホクレアにはGPSを積んでいないので、カヌーが今どこにいるかを知る唯一の手がかりが、自分たちの記憶でしかないんです。10分、20分は仮眠をとるんですが、何時間も寝てしまうと記憶が途切れてしまう。その間に波のうねりのパターンが変わってしまったら、方角を知ることができなくなってしまう。基本的には機械がログをためるように、目の前の状況を感知して自分の記憶を積み重ねていく感じなんです。

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── スターナビゲーションについて教えてください。


内野 : 一般的に説明するのは難しいですが、簡単にいうと、星を使って方角を生み出していく航海術です。もともとは、カヌーを使って遠く離れた島々を自由に行き来していたポリネシア、ミクロネシアの先住民が生み出した航法です。広大な海の航海では、陸地が見えなくなることも多々あります。そこで彼らが生み出したのが、天体や海流、生物、風向きなどから方角を推測するスターナビゲーションなんです。スターコンパスとも言われる名前の由来のように星、海、カヌーをコンパスに見立てます。カヌーを中心に広がる水平線をコンパスの縁と想像します。でもこの水平線にはメモリはついていませんよね。そこで、メモリの数字を教えてくれるのが空の星なんです。星の位置を常に把握して方角を算出していく技法なんです。

そうはいっても、天気が悪くて星が見えないときもよくあります。そのときは、雲の動き、風の変化、海の表情などの情報が大切です。海の表情を読むというのは、たとえば太陽が昇るときに真東の方角がわかりますが、そのときに東西南北の波のうねり方を記憶しておくということなんです。そうすると太陽が昇りきった後も、そのうねりでこっちが東、これは北の方角とだとわかるんです。うねりのパターンはさまざまで、大体3つ、4つ混ざっていたり、時間差でうねりが起きたりする。なので、うねりを読み取るのはすごく難しいです。とにかく五感を使ってキャッチした情報を組み合わせていく感じなんです。

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── いろいろな航海をしてきて、一番うれしかったことを教えてください。


内野 : なんでしょうね......。どの旅も印象深いので一番を決めるのが難しいですが、2007年のハワイからミクロネシアへ渡って、そこから日本全国13カ所をまわった航海でしょうか。ホクレアに乗っている間はずっと海を見つづけているけど、とくに沖に島影が見えた瞬間は特別ですね。島影を見たときは、安心と安堵と喜びが全部混じって、今までに感じたことないような感覚になりました。真空のなかにいるみたいというか。

何日も海の上で生活しているので、陸があって、緑があって、水があって、人の暮らしがあって、それだけで本当に奇跡のようなことだと思えてきます。

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── 逆に一番辛かったことはなんでしょうか?


内野 : 大変なのはカヌーが嵐に遭遇したときですね。クルーが一丸となる瞬間でもあります。誰もパニックになることなく、静かに淡々とやるべきことをやるという感じです。 怖いというよりは「すごい、なんだこの波、この雨風!」という感じで、自然の迫力が凄まじくて恐怖を感じる暇がない。海の底力だったり人の力が及ばない世界というのを間近で感じましたね。

── ホクレアの旅をつづける理由を教えてください!


内野 : 私たち人間が本来もっている感覚を全部使うと、ここまでのことができるというのをホクレアは教えてくれます。ふだん街中で生活していたら使う機会がない感覚を100%使うとこんなに豊かな世界が見えるんだって......。 本当に微細な変化を感知したり、それを記憶したり。人がもっている感覚を使わなくなってしまうのはもったいないと思うんですよ。

── ホクレアが教えてくれることとは?


内野 : ホクレアの上では、自分の命がいま何に支えられているのかがクリアにわかります。たとえば、日常生活では水は当たり前に手に入れられるものですよね。でも、いつ何が起こるかわからないホクレアでは、水も食べ物もとても貴重。 ハワイには「カヌーは島で島はカヌー」ということわざがあります。大海原に浮かぶ一隻のカヌーは、周りを海で囲まれた島の象徴で、島の縮図ととることもできます。この地球も、宇宙という大海原を旅する一隻のカヌーのように感じることもありますね。

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── 次の旅の予定を教えてください。


内野 : 今、ホクレアのチームでは、環太平洋航海を計画中です。太平洋を回る航海で、3年半ぐらいかけて旅をします。ハワイからアラスカまで北上して、アメリカ西海岸から南米へ向かい、タヒチ、ニュージーランドなど太平洋諸島を周り、そこからアジア諸国へ渡り、最後は日本やロシアまで旅する予定です。細かいルートはまだ計画中です。 ホクレアはもともとハワイ諸島やタヒチ、イースター島、ニュージーランドといったポリネシア文化圏の中で航海をしていたんですが、その旅が成功したときに、他の文化圏に行こうという話が持ち上がったんです。最初に候補地に上がったのが日本でした。

その航海では、ハワイと日本という全然違う文化がホクレアをとおして深く通じ合って、お互いに与え合うことができたんです。その旅がとても成功したので、世界へも漕ぎ出そうといって、数年前には世界一周の旅も実現しました。環太平洋航海もそうした世界航海のビジョンのひとつですね。

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次のホクレアの旅は長い航海になるので難しい旅になると思いますが、世界を回りながら地球というホームをどうやってケアしていくのかを常に考えていきたいです。

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PROFILE
内野加奈子(うちの・かなこ)●東京生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、ハワイ大学大学院に留学。海洋学を学びつつ、人と自然の関わりをテーマに、写真・執筆活動に携わる。伝統航海術師マウ・ピアイルグ、ナイノア・トンプソンに師事し、星や波など自然を読んで航海する伝統航海カヌー・ホクレアの日本人初クルーとして数多くの航海に参加。海の学校、土佐山アカデミー他、日米にて学びの場づくりにも従事。著書に『ホクレア 星が教えてくれる道』、絵本の『星と海と旅するカヌー』『サンゴの海のひみつ』など。
*8/12に表参道のスパイラルガーデンで開催されたトークイベント内容は下記からご覧いただけます。 「海の時間と私たちの時間−ハワイの伝統航海カヌー「ホクレア」の旅から−」

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