〈KAPITAL〉を纏う
猪鼻一帆 in 京都
春夏藍秋冬「浅葱と庭師」編

古くから藍や綿花の生産地として知られる岡山県の児島の地に根をおろし、デニムや藍染めを軸とした服づくりをする〈KAPITAL〉が、日本の伝統や昔ながらの精神を受け継ぎながらも、新しい試みにも挑む「Japan Working Hero」を訪ねて、季節ごとに旅をする連載。

「浅葱と庭師編」では、庭師として国内外で活動する猪鼻一帆さんに会うために、京都・伏見へ向かった。猪鼻さんと〈KAPITAL〉デザイナーの平田"KIRO"和宏さんとの対談も。TRANSIT60号掲載のアナザーストーリー。


photography=YAYOI ARIMOTO
text=TRANSIT

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宇治の山で庭師の話に耳を傾ける。


京都市内から車を走らせること1時間弱、歴史的建造物が点在しツーリストで賑わう古都の風景から一転、春の宇治の山には自然のさざめきがあった。鳥がさえずり、若葉が芽吹き、ところどころで藤が薄紫入りの花を咲かせている。

「春は "山笑う"と表現するんです。漢詩が起源で、春の季語になっているんです」

にこやかな表情でそう語るのは庭師として活動する猪鼻一帆さん。案内してもらったのは、猪鼻さんが代表を務める〈いのはな夢創園〉の"材料置き場の山"。かつては清水焼の絵師の人たちが暮らした集落だそう。

このお父様の代から始めた山奥の秘密基地のような作業場では、作庭する庭の材料にもなる200〜300種類の植物や、日本各地から集められた石が積み上がっていた。

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左上から/オリジナルで制作したというはんてんのような藍染のジャケット、どんぶりと呼ばれる前かけ、手甲が猪鼻さんの仕事着スタイル。 右上/石を削るための道具、石のみと石頭。他人のものと間違えないようにと目印に入れた、ピンクの水玉模様がチャーミング。 左下/鞍馬石、紅鴨石、貴船石、疋田石など、造園用の石が置かれている。 右下/蝋梅を剪定する猪鼻さん。

周辺を歩きながら、猪鼻さんはそれらの植物や石について話してくれる。たとえば、山吹。

「山吹や金木犀って、実がなってないですよね? いま日本全国に広がっている木は、じつは中国から持ってきた1本のマザーの株分けで、遺伝子がまったく一緒なんです。すごいことですよね」

へぇ〜と取材陣一同が驚きの声をあげるなか、山吹の花にまつわるエピソードが、さらに口をついて出る。和歌にも優れた教養人だった武将・太田道灌にまつわるストーリーだ。

「古代から日本では庭に使われる植物や石などが、短歌や俳句に読まれているのですが、こういった物語を知ることで、お客様が庭自体に寄り添って、愛してくれはるようになるんです」

猪鼻さんいわく、こうして庭は、見て楽しむだけではなく、限りない広がりを楽しむ空間になるのだそうだ。

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上・右下/デニムジャケット¥39,380、デニムパンツ¥37,180、バンダナ参考商品(KAPITAL) 左下/4月下旬の宇治の山では、藤の花が見頃を迎えていた。


●猪鼻一帆さん×〈KAPITAL〉デザイナー平田"KIRO"和宏さん


「決まったスタイルはなく、新しいものを取り入れるのが京都」そう猪鼻さんが言うように、仕事着にも独自のセンスが表れている。虫除けにもなる機能的な藍染めのジャケットは、はんてんのようなデザインを取り入れ、型紙から作ったのだそう。なんと、以前からファンだという〈KAPITAL〉のオマージュでもあるそうだ。

こうした猪鼻さんの庭師としてのスタイルや矜持はどのように生まれ、どういった思いで自らの仕事に携わっているのか。猪鼻さんが庭を手がけた京都曹洞宗の永興寺で、〈KAPITAL〉のデザイナー平田"KIRO"和宏さんが猪鼻一帆さんに話を訊いた。

平田:あまりお寺では見ない造形なんですけど、入り口にある不思議なカタチの石はどういった意味があるんですか?

猪鼻:こちらは若い頃につくらせてもらったので、やや気恥ずかしいんですけど、永興寺さんの流派の開祖が龍に乗ってやって来たという伝説があって、本堂の天井画にも龍が描かれているので、本堂に向かう龍をイメージしたんです。

平田:本当ですね!こうしたエピソードを知ると、庭やお寺を見る視点も変わって面白いです。ところで、庭って時代や季節によっても見える景色が変わっていくと思うんです。庭をつくるうえで大切にしていることを教えてください。

猪鼻:庭というのは、骨格とバランス、これがすべてなんです。空間には必ず出入口がありますよね。そこに行くために、どういうポイントをつけておくと、振り返ったときにこう見えるという導線、いわば骨格が必要なんです。

それに対して、家の中のリビングから見たときには、その道がどう見えるかが重要。山で隠れていたほうが道は長く見えるけれど、道が全部見えてしまったら人は空間ですべて把握してしまうので、あえて隠したり、高くするほうがいいかな、とか。そういったバランスを組み合わせることで、骨格さえ変わらなければ庭は何百年たっても変わらないんです。

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上/京都の山科に佇む曹洞宗のお寺、永興寺。本堂に向かう龍をイメージして、若き日の猪鼻さんが手がけた庭。 下/本堂の天井に描かれている龍。

平田:なるほど、それではまず骨格を決めて、そこから装飾を考えるということでしょうか。

猪鼻:そうですね。道をかっこよくつくるのは僕たちの仕事じゃなくて、芸術家の仕事なんです。僕たちは、道をつくってくださいって言っていただいて、初めてかっこいい道をつくる。それが僕たちの仕事なんですね。

平田:たとえば一般家庭とお寺のような空間では、まったく異なる導線になると思いますが、骨格をつくるのはどちらのほうが難しいですか?

猪鼻:それは一般のご家庭ですね。人が導線を通ってきたときに、どう見えるのかが庭のポイントなんですけど、お寺さんなら人は必ず左側から頭を下げて入って、逆側から出ていくと決まっている。でも、一般家庭だとリビングの出入口は決まっていても、導線は自由。とくに小さなお子さんがいる場合は難しい。住まわれている方のライフスタイルによって庭のかたちを変えなければいけないですから。でも、本当に庭は面白い。仕事が苦痛だと思ったことは本当に一度もなくて、好きで好きで仕方がないんです。

平田:それは素晴らしいですね!ところで具体的な質問なんですけど、図面はパソコンのソフトか何かで描かれているんですか?

猪鼻:いえ、図面は墨絵です。もともと父がそうしていたので、父から学び、自分もつづけています。庭の完成後にお客様にお渡しするので手元にはないのですが、皆さん喜んでくださいますよ。現代においては、美しいCADとか4Dとかの図面ってたくさんあるので、それらにちょっと飽きてるんだと思います。最後まで想像できちゃいますしね。こんな世界ができるんだ!というふうにワクワクしていただけるというのは墨絵ならではだろうなと思います。

平田:お寺や企業・施設の庭、一般のご家庭の庭をはじめ、これまでにたくさんの庭を手がけてこられたと思います。海外で日本庭園もつくる仕事も増えてきているそうですが、とくに印象深かったお庭があれば教えてください。

猪鼻:以前、音楽イベントで庭をつくってほしいと依頼がありまして、バイクを置かせてもらって、砂紋をイメージしたバイクの走行跡をつけました(笑)。私の趣味がバイクで「自分のバイクで庭をつくったらどんな庭になるだろう」というのがテーマだったんです。

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猪鼻一帆さんと、〈KAPITAL〉デザイナー平田"KIRO"和宏さん。永興寺の境内にて。

平田:日本庭園ってしきたりやルールが厳しくありそうですが、自由な発想ですね。

猪鼻:元々の成り立ちがちゃんと自分でわかっていれば、それを現代に置き換えることはできるだろうとは思っているんです。たとえば灯籠を真っ黒に塗ることもそう。それを実現できたのは、灯籠というのがそもそもは手を合わせる対象だったことや、石が長い年月で微妙に溶けてきていることを知ったうえで、アウトラインだけで見せるほうが絶対にカッコイイと思ったからなんです。

平田:なるほど、ただクールだから灯籠を黒にする、という理由だけではなく、背景があるんですね。

猪鼻:正直なところ、現代の若い人が灯籠を見ても、あんまり感動しないと思うんですよ。 時代劇に出てくるようなイメージで、欲しいとも思わないだろうし。でも本当はすごく日本らしくていいもので、めちゃめちゃ面白い話もたくさんあるんです。そのことを、どうしたらいろんな人に知ってもらえるだろうか、って。やっぱり今の人たちにも、はっとしてもらいたいんです、私は本当に庭が好きなので。そういった意味では、今私たちの年代だからこそできる庭をつくりたいという思いはあります。

平田:最後に、これからつくってみたい、あるいは挑戦したい庭があれば教えてください。

猪鼻:ワクワクしてもらえるお庭をつくりたいし、自分もドキドキしたい。そういった思いは常にあって、今もそれをさせてもらっているので、実現してはいるんですね。でも、あえていえば、庭師じゃない方が発想する庭をつくってみたいです。たとえば、平田さんが考える庭。そこで出てきた突拍子もないお題に対して、自分ならどうするだろうかな、って。

でも歴史を振り返ると、庭って昔からそういうものなんですよ。武将の「こんなんがいい」というリクエストに対し庭師たちが考えて、考え抜いて今のかたちになったものが、いっぱいあるんです。想像もつかないお庭をつくってみたいですね。

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PROFILE
猪鼻一帆(いのはな・かずほ)●1980年京都生まれ。〈いのはな夢創園〉代表。幼少の頃から父であり親方である猪鼻昌司のもとで日本庭園に親しむなかで、建築とは違い自由な線と生き物でつくられた庭という空間に魅了され、18歳で庭師の世界に入る。目には見えない物語のある庭の面白さと、日本庭園が美しいと言われる理由を伝え、日本や海外で「愛される空間」をつくる活動をしている。
HP:https://musouen.net/

問い合わせ先:
HP:www.kapital.jp
Instagram:@kapitalglobal

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