一度は行きたい日本の山小屋5選
高山も、低山も、食も楽しみたい
by 小林百合子

"山小屋"という響きに憧れを抱いたら、まずは日本の山小屋へ。日帰りでのんびり行ける場所から標高2500m以上の高山に位置するものまで、営む人やその立地の魅力を味わえる、素敵な山小屋を5軒を、『山小屋の灯』の著者である小林百合子さんにおすすめいただきました!

photography=KASANE NOGAWA
text=YURIKO KOBAYASHI



1.雲ノ平山荘 @富山・北アルプス


自然と文化、人が出会う場所。


北アルプス最深部、黒部源流域にある雲ノ平は「日本最後の秘境」といわれ、登山者が一生に一度は訪れてみたいと願う憧れの地。その中心にある〈雲ノ平山荘〉で面白い変化が起きている。初代から小屋の経営を引き継いだ2代目主人が、山小屋を芸術が生まれる場所にするべく奮闘中だ。

かつて思索の場として多くの文筆家や写真家、画家が親しんだ山。登山がレジャーとして定着した今、多くの人が山に向かうことは喜ばしいことだが、消費的なレクリエーション一辺倒になってしまうのは寂しい。そんな想いから主人が始めたのが"雲ノ平山荘アーティスト・イン・レジデンス・プログラム"。アーティストたちが一定期間山小屋に滞在し、自然の中で自由に制作活動を行うというものだ。写真や絵画、漫画に映像、サイエンスまで。小屋で交わされる会話は、ほかの山小屋とは少し違う。純粋に山に登りに来た人も、アーティストたちの活動を知ることで「そんな山の捉え方があったのか」と新しい世界が開いていく。それは今まで気づかなかった自然との"かかわり方"を知るきっかけになるはずだ。〈雲ノ平山荘〉は今、多様な感性、価値観が出会う、自然と文化の交差点のような場所になりつつある。

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山々に囲まれるようにしてある雲ノ平山荘。

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山で音楽やアートについて話すのもいい時間。
DATA
雲ノ平山荘
標高:2600m
営業期間:7月10日〜10月15日
料金:1泊2食...1万4000円、素泊まり...9000円、テント...1人1泊2000円
電話:050-8882-5831(予約用 8:00〜19:00)/050-8882-5954(緊急連絡用)
予約:完全予約性。電話もしくはWebより
住所:富山県富山市有峰黒部谷割
アクセス:富山地方鉄道の有峰口駅から富山地鉄バスで折立まで約1時間。期間によってはJR富山駅から折立までの直通バスが運行。マイカーの場合は折立の無料駐車場を利用。折立までの林道は夜間通行止め。

メモ:雲ノ平山荘までは途中の太郎平小屋で1泊するのが一般的。歩行距離が長く、険しい道がつづくので、ある程度の登山経験があること、または経験者を伴っての登山が望ましい。小屋泊は要予約。テント泊も一部期間は予約が必要なので、HPで確認すること。


2.鷲が峰ひゅって @長野・霧ヶ峰


山小屋でフレンチのフルコースを。


〈鷲が峰ひゅって〉を「山小屋」と呼んでいいのかどうか、長い間悩んでいた。のびやかな高原が広がる霧ヶ峰。夏には爽やかな風がそよいで、気持ちのいいハイキングができる。〈鷲が峰ひゅって〉は霧ヶ峰のなかでも美しい高層湿原が広がる八島ヶ原湿原のすぐそばにある。食堂の窓からは緑が見えて、小さくシャンソンがかかっている。夜にはランプが灯り、フレンチのフルコースがゆっくりと時間をかけて供される。腕を振るうのはフランス料理店で修業を積んだご主人。これまで泊まったどんな山小屋より静かで上品な夜の時間だった。

それでも営む人自身が「ここは山小屋です」と言うのには理由があって、実はご主人は高校時代から山岳部に所属し、山に遊んだ生粋の"山男"。いつもテント泊で、ほとんど山小屋に泊まったことがなかったからこそ、憧れをもっていたそう。縁あって鷲が峰ひゅってを引き継いだとき、ここを自分の理想の山小屋にしようと決意した。
山を歩くことは自分と対話する思索的な行為だ。だからこそ山小屋もまた、静かにくつろげる場所でありたい。そんな思いが小屋の隅々から滲んでくる。山小屋のかたちはひとつではない。〈鷲が峰ひゅって〉に泊まるたび、そう強く思うのだった。

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昭和34年に建てられた小屋は森の隠れ家のような雰囲気。

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夏は緑が広がる霧ヶ峰。秋は一面黄金色に。

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朝は焼きたてパンが並ぶイングリッシュ・ブレックファスト。
DATA
鷲が峰ひゅって
標高:1659m
営業期間:通年
料金:1泊2食...1室2名1万8000円〜、テント...なし
電話:0266-58-8088
予約:要予約。Webをご確認のうえメールより
住所:長野県諏訪郡下諏訪町八島湿原10618
アクセス:JR中央本線の上諏訪駅から霧ヶ峰方面行きのアルピコ交通バスで八島湿原まで約45分。バス停から山小屋までは徒歩5分。マイカーを利用する場合は中央自動車道諏訪ICまたは岡谷ICより霧ヶ峰方面へ約35分。無料駐車場あり(要予約)。

メモ:歩きやすいハイキングコースが整備されているので、湿原散策だけならスニーカーでも。さらに足をのばして蝶々深山まで登る場合は登山靴が必要。体力と経験に合わせてコースを選んで。小屋にはお風呂があるので、山小屋初心者でも泊まりやすいはず。宿泊は1日2組、4名まで。


3.金峰山小屋 @長野・奥秩父


旅人たちが集う、ゲストハウス的山小屋。


"ゲストハウス的"という言葉にピンとくる人は、〈金峰山小屋〉を好きになると思う。宿泊客同士の距離感がほどよく、ひとりで泊まっても客や主人と自然と会話が生まれる。どんな旅をしてきたのか、次はどこへ行ってみたいのか。気づけば地図を開いて、ついつい長話をしてしまう。〈金峰山小屋〉は、そんな空気が流れる場所だ。

奥秩父は関東近郊の山の中でも歩きごたえのあるロングコースを楽しめる山域。めくるめく絶景というより、静かな山や森をつないで歩く行為は"縦走"というより"山旅"という言葉がしっくりくる。旅をしながら、偶然出会った誰かの旅の話を聞く。そしてそこからまた新しい旅が始まる。〈金峰山小屋〉で一夜を過ごす醍醐味は、そんなところにあるのかもしれない。

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ミントグリーンの外観が目印。八ヶ岳を見渡せる。

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夕食はチキンソテーなどをワンプレートで。ワインも楽しめる。
DATA
金峰山小屋
標高:2599m
営業期間:4月下旬〜11月末、年末年始、1、2月の週末
料金:1泊2食...10000円、素泊まり...6500円、テント...なし
電話:070-3962-0448
予約:要予約。電話もしくはWebより
住所:長野県南佐久郡川上村
アクセス:JR中央本線の韮崎駅から山梨峡北交通バスで瑞牆(みずがき)山荘まで1時間15分。瑞牆山荘に駐車場あり。長野県側の登山口・廻り目平から登る場合は、JR小海線信濃川上駅から川上村営バスで川端下(かわはげ)まで35分。そこから廻り目平まで徒歩1時間ほど。

メモ:クライマーの聖地として知られる奇岩の山・瑞牆山を眺めながら登れる展望のいいコース。長野県側の廻り目平からのコースはしっとりした森歩きが楽しめる。奥秩父らしい風情。


4.駒の小屋 @福島・会津


食事と時間をシェアする"山のロングテーブル"。


ごはん自慢の山小屋は数あれど「食事が出ないからこそ素晴らしい」という小屋は少ない。会津駒ヶ岳にある〈駒の小屋〉は、そんな珍しい一軒だ。宿泊スタイルは素泊まりのみ。朝も夜も登山者たちがめいめいに食材や炊事道具を持ち寄り、大きなテーブルを囲んで食事を作る。家庭用のカセットコンロを担いできて、豪勢な鍋を作るグループがいれば、缶詰をつつきながら日本酒をちびちびやる単独行の人もいる。途中、小屋の主人が食卓に加わると、自然と自己紹介が起こり、夜が深まるにつれて、「お鍋、ちょっとどうですか?」など、お裾分けが始まることもある。そこに居合わせた人びとと、会話や時間、食事をシェアする。"山のロングテーブル"みたいだと思った。

コロナ禍の今は、そんな風景は見られないかもしれない。でもだからこそ、〈駒の小屋〉で過ごした時間が、とてつもなく豊かだったのだとわかる。山登りはひとりでもできるし、十分楽しい。けれど、その歓びを分かち合うことができれば、山はもっと素晴らしいものになる。〈駒の小屋〉は、そんな体験をさせてくれる。今日はどんな人たちが集っているか。まだ見ぬ人のために食材やお酒を担いで登る山は、いつもよりずっと心躍るものだ。

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晴れた日は駒の大池が鏡のように。夕暮れどきが美しい。

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ランプが灯る食事スペース。飲料水は有料。

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会津駒ヶ岳へつづく気持ちのいい道。山頂までは約20分。
DATA
駒の小屋
標高:2060m
営業期間:4月下旬〜10月末(4〜6月は不定休)
料金:1泊素泊まり...3000円、テント...なし
電話:080-2024-5375
予約:要予約。電話(7:00〜19:20)もしくはメール(info@komanokoya.com)より
住所:福島県南会津郡檜枝岐村駒ケ岳1
アクセス:会津鉄道の会津高原尾瀬口駅前から会津バスで駒ヶ岳登山口まで1時間10分。マイカー、タクシーを利用する場合は駒ヶ岳登山口から歩いて30分ほど先にある滝沢登山口まで乗り入れ可能。駐車場あり。

メモ:駒ヶ岳登山口から駒の小屋までは3時間30分程度。途中に水を汲める場所があるので、そこで炊事用の飲料水を汲んでいくといい。駒の小屋まではアップダウンのある山道。小屋から先はのんびり歩ける穏やかな湿原が広がる。緑が爽やかな夏もさることながら、秋の草紅葉も素晴らしい。


5.龍宮小屋 @群馬・尾瀬


自由に山を楽しむ、尾瀬の秘密基地。


山小屋がたくさんある尾瀬は、どこに泊まろうかと目移りしてしまう。山小屋を選ぶ基準は人それぞれあると思うけれど、尾瀬でいつも必ず〈龍宮小屋〉に宿をとる理由を挙げるとしたら、「自由さ」だと思う。それは山小屋のルールが緩いということでは決してなくて、ここに泊まる人が、じつに自由に、山の時間を過ごしているということだ。

美しい高層湿原が広がる尾瀬ヶ原。尾瀬のシンボルである燧ヶ岳(ひうちがたけ)と、湿原を挟んで対峙する至仏山(しぶつさん)。〈龍宮小屋〉はその2つの山に挟まれるように、尾瀬ヶ原の中心にある。どこへ出かけるにもアクセスがいいので、ここに泊まるときは具体的な計画は立てない。朝起きて天気がよければ、少し遠出をして尾瀬沼へ。しとしとと雨が降っていたら、木道をてくてく30分ほど。見晴(みはらし)地区の山小屋に併設されたカフェでコーヒーとおやつを楽し む。ある人は日の出前に起きて燧ヶ岳の写真を撮影し、またある人は昼頃までのんびりしてスケッチに出かける。何泊もして、腰を据えて植物観察する人に出会ったこともある。
山の楽しみ方は、登ることだけじゃない。「今日は何をしていたんですか?」。そんな会話が交わされる〈龍宮小屋〉で、そう教えてもらったのだ。

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小屋の後ろは燧ヶ岳。早起きして朝焼けを見に行く。

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食堂でいろいろな人の山の楽しみ方を聞くのも楽しい。
DATA
龍宮小屋
標高:1401m
営業期間:4月末〜10月末
料金:1泊2食...1万2000円、テント...なし
電話:0278-58-7301
予約:要予約。電話より
住所:群馬県利根郡片品村戸倉652
アクセス:JR上越新幹線の上毛高原駅から関越交通バスで尾瀬戸倉まで約2時間。そこから乗り合いバスで登山口のある鳩待峠まで約40分。鳩待峠は時期によりマイカー規制があるので、その場合は戸倉に駐車して乗り合いバスを利用すること。

メモ:穏やかな湿原のイメージが強い尾瀬だが、登山口から湿原のある尾瀬ヶ原までの道のりは、れっきとした山道。アップダウンもあるので、しっかりとした装備が必要。尾瀬一帯はツキノワグマの生息地。出没状況の確認や熊鈴の携帯をお忘れなく。雨の日は木道でのスリップに注意。

*この記事は2022年6月発売の『TRANSIT56号』をもとに作成。2023年7月時点の施設情報を掲載しています。最新情報は各施設のHPや電話でご確認ください。




PROFILE
小林百合子(こばやし・ゆりこ)●編集者・ライター。兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山や旅にまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。著書に『山小屋の灯』(山と渓谷社)、『山と山小屋』(平凡社)など。
Instagram:yurippe25



TRANSIT56号では、まだまだ魅力的な日本の山小屋たちをご紹介!
つづきはこちらから
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