イタリアのバカンスは、海だけじゃない。
有名サッカークラブの選手にも出会える、
夏の山リゾートへようこそ!

9月発売のTRANSIT61号はイタリア特集!編集部も、現地取材をしたり、パスタやワインの歴史を調べたり、最新カルチャーを深掘ってみたり......とすっかりイタリア一色の今日この頃。

そんな今号の制作の過程で、イタリア現地に暮らす人たちと連絡していると、「ヴァカンスシーズンだから旅行に行ってきますね」という方が多数。イタリアのヴァカンスといえば美しいビーチの地中海のイメージが強いけれど、最近はあることを目的に山でバカンスを過ごす人も多いのだとか。

そんなイタリアの山ヴァカンス事情を、イタリア在住のライター・弓削さんに教えてもらいました。

text=Takashi Yuge



イタリアの夏のヴァカンスといえば"三方を囲む海へ!"が定番。なにしろぐるりと地中海に囲まれていて、東はアドリア海、南はイオニア海、南西はティレニア海、北西はリグリア海が広がっているのだから、ビーチリゾートには事欠かない。

ところが、ここ10年ほど渓谷や高地に富む北イタリアを目指す人びとが増加している。ただ涼みにいくのではない。サッカーの国イタリアならではの"推しクラブのプレシーズンキャンプを楽しむ滞在型旅行"が一大ブームとなっているのだ。

90年以上の歴史を誇り国民を熱狂させる伊プロ1部リーグ「セリエA」のシーズンは、例年晩夏に開幕する。全20クラブはそれに先がけ7月中旬からキャンプを始めるが、多くのクラブが避暑と空気の薄い高地トレーニング効果を狙って、北イタリアの山間リゾートをキャンプ地として選ぶ。

キャンプ地のなかでも一大拠点とされるのが、スイスやオーストリアと国境を接するトレンティーノ=アルト・アディジェ州(以下トレンティーノ州)だ。同州は今夏も、昨シーズンのセリエAの王者であるSSCナポリを含む、8クラブを招致した。

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モンテ・ボンドーネ ©︎Herbaloid

強豪ナポリのキャンプ地であるトレンティーノ州のディマーロは、標高766mの山間にある。ローマからは飛行機で1時間強の立地にある、人口1200人の小さな山村だ。この地に、今年もキャンプ期間中には1日平均5000人の観光客が押し寄せた。州観光局の報告によれば、同州の年間観光客数は延べ550万人を超える。"キャンプ・ツーリズム"最大の魅力は、なんといっても憧れの選手と身近に触れ合えることだ。

いかにサッカーが盛んな国とはいえ、一旦シーズンが始まってしまえば、一般のファンが厳重警備のスタジアムで選手にサインをもらったり一緒にセルフィーを撮ることは相当困難になる。クラブ本拠地の練習場で出待ちするという手はあるが、施設は公共交通に乏しい郊外にあることが多く、遠方から来る外国人ファンにはアクセスすら厳しい。

しかし、これがキャンプ地となれば話は別だ。目の前にあるのは大自然と練習グラウンド、そしてこじんまりとした街並みのみ。キャンプという"閉じた空間"が遠い存在の選手たちを一気に身近にしてくれる。

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©️Takashi Yuge

スター選手とて人間、練習が終わりホテルを一歩出れば避暑地でリラックスしたい。ピリピリムードのシーズン中とちがい、早朝や夕食後の散歩を楽しむ選手や監督は気軽にサインや雑談に応じてくれる。

誘致する自治体はクラブ側と協力して町の広場に特設ステージを作り、選手を招いて毎晩トークショーやユニフォーム発表会等チームイベントを開催するのが常だ。筆者が取材したシチリア島のチームのキャンプでは、村民と選手、クラブ役員が輪になってカラオケ大会に興じた牧歌的な夜もあった。

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2005年夏、ウンブリア州の山中にて。シチリア島のセリエAクラブ、メッシーナの選手たちが午前練習のランニング。正面にいるのは日本代表FW柳沢敦選手(当時)。 ©️Takashi Yuge

新しいシーズンに臨む推しチームの練習を愛でながら、風光明媚の避暑地で郷土料理を楽しみつつ、憧れのスター選手とのフレンドリー体験が一度に楽しめる。気になる滞在コストも「ペンシオーネ」と呼ばれるリーズナブルな2食もしくは3食付宿泊パック料金を用意しているホテルがほとんど。治安もいいので家族連れでも安心。

サッカーファンでなくとも1週間程度のヴァカンス先として一度行ってみようか、と関心が高まるのも道理だ。日本で喩えるなら、プロ野球球団やJリーグクラブが春に行うキャンプ見学を目的に、沖縄や宮崎を訪れる南国観光旅行が近いだろうか。

トレンティーノ州の成功に倣い、隣のヴェネト州や国土の背骨を貫くアペニン山脈を抱える中部地方でも自治体同士によるキャンプ誘致合戦が今や盛んになった。キャンプ・ツーリズムは新しいイタリアの夏の風物詩になったといえる。

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キャンプを誘致した山村の広場では選手とファンの交流も。練習を終え、夕食後の柳沢選手がファン代表とトークイベント。 ©️Takashi Yuge

キャンプ・ツーリズム流行のきっかけは、2006年にトレンティーノ州が世界的知名度を誇る人気クラブ、ユヴェントスのキャンプ誘致に成功したことだった。

当時、同州の山間観光地は冬場こそスキー客で賑わうが、夏になると宿泊施設や飲食店に閑古鳥が鳴くのが悩みだった。夏の集客に頭を悩ませていた地元当局は観光業の浮沈をかけて、トリノを本拠地とする名門ユヴェントスを誘致。宿泊費・食費・町営グラウンド使用料等あらゆる出費を負担したが、経済効果は絶大だった。休養日に有名選手が釣りに出かけた湖や、練習の合間に興じたサイクリングに草スキーといったアクティビティに観光客が殺到した。州当局の担当者は胸を張る。

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ユヴェントス・スタジアム ©︎Paolo Baviera

「サッカー以上の呼び物が他にありますか。キャンプ地に来るサッカーファンは"フレッチャ・ロッサ"(※イタリア国鉄の高速鉄道)のようなもの。一度くれば、友人や家族を連れて戻ってきてくれる。サッカーとヴァカンス、完璧な組み合わせですよ」

施設やソフト面の受け入れ体制を整えていった結果、今やトレンティーノ州はサッカーのみならず世界中の各種競技団体の合宿需要やマウンテンバイク世界選手権開催に応える一大スポーツ拠点となっている。観光旅客業界における新たなブランド化に成功したというわけだ。考えてみれば、これほどサッカーの国らしいヴァカンスもない。

盛夏の北イタリアに行く機会あれば、山間のリゾート地に立ち寄ってみてほしい。スター選手とサッカーファン、家族連れがリラックスした表情で避暑ヴァカンスを楽しんでいることだろう。

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©️Takashi Yuge


PROFILE
弓削高志(ゆげ・たかし)●イタリア在住23年目のスポーツライター(イタリア記者協会会員)。スポーツ雑誌などでさまざまな角度からイタリアのスポーツと社会文化について執筆。通訳やコーディネートも手がける。

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