【56号 世界の山を旅しよう】
中世から現代まで
山を目指す人の歴史
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illustration=YUSUKE MASHIBA

プロから庶民まで、世界中の人びとが山を楽しんでいる。
だが実は、人間が山へ登るようになったのはここ200年程度のことだ。

かつて「悪魔が棲む場所」として恐れられることさえあった山が、どのようにして人びとに親しまれる存在になったのだろうか。
その答えを求めて、歴史を遡ってみよう。



▶︎中世まで
キリスト教が支配する時代、山は悪魔が棲む忌み嫌う土地。

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中世ヨーロッパでは山は悪魔や魔女が棲む恐ろしい場所とされていた。カトリック教会が絶大な力をもち、教義にそぐわない思想や科学を排除したため、自然に対する知識も乏しかった。一方、山を登るもの好きもいて、たとえば1276年にはアラゴン王国のペドロ王がピレネー山脈に登り、「池に石を投げ込むと巨大な龍が飛び出た」と記録を残した。

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ピレネー山脈最高峰のアネト山 ©︎Avh


▶︎17世紀
宗教革命をへて、山の自然への興味が湧き起こる。

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ルターによる宗教革命以来、カトリック教会によって抑圧されてきた科学探求が行われるようになり、博物学が花開く。科学者たちが調査のために山に入り始め、あとを追うように哲学者や詩人が谷や氷河などアルプスの自然の造形の美しさを発表。それらの影響を受け、上流階級のなかでアルプスへの観光旅行がブームに。麓や中腹で散歩を楽しんだ。


▶︎18世紀後半〜19世紀
上流階級の人びとが山頂を目指すように。

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アルプスの主要峠の一つ、グラン・サン・ベルナール峠 ©︎muneaki

貴族や実業家のなかで、山頂を目指す人びとが現れるように。とくに産業革命の後、都市部の空気の汚さにうんざりした英国紳士たちが登山クラブを結成してアルプスへ押し寄せた。当時の登山は、地元の猟師などをガイドとして雇い、足場を作ってもらったり荷物を任せながら、本人たちは登山ギアも持たずにフォーマルな装いで歩くスタイル。


▶︎19世紀後半〜20世紀前半
ガイドを雇わず、ギアを活用して、自力で山頂に挑戦しはじめる。

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アルプス山脈に属するマッターホルン山 ©︎Marcel Wiesweg

4000m級も含むアルプスの主要な山頂が制覇し尽くされると、切り立った岩場など難易度が高いルートによる登頂が目指されるように。この頃には若者や中産階級の人びとも登山を楽しむようになり、高額なガイドを雇わず自力で山頂を目指すスタイルが一般的に。それに伴い登山ギアの発展も加速、さらに危険度の高いルートが狙えるようになる。


▶︎20世紀後半〜
登頂挑戦の舞台は、アルプスからヒマラヤへ。

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©︎Luca Galuzzi

第二次世界大戦後、ネパールの国境が開かれると、ヨーロッパ各国が国を挙げてヒマラヤに登山隊を送り、「世界で一番高い山」エベレストの山頂を目指す。ついに1953年、英国チームのエドモンド・ヒラリーとシェルパであるテンジン・ノルゲイが登頂に成功。その後は「初の無酸素」「初の女性」などさまざまなチャレンジがなされて達成されてきた。

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エベレスト登頂を達成したヒラリー(左)とノルゲイ(右)。 ©︎Jamling Tenzing Norgay

現在、山頂を目指す登山だけではなく、スキーやトレイルランなど山での活動は多様化している。山に登り始めて200年余り、人間はこれからもあらゆるかたちで山に挑戦しつづけるのだ。



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