〈KAPITAL〉を纏う
坂本大三郎 in 山形
春夏藍秋冬「墨と山伏」編

古くから藍や綿花の生産地として知られる岡山県の児島の地に根をおろし、デニムや藍染めを軸とした服づくりをする〈KAPITAL〉が、日本の伝統や昔ながらの精神を受け継ぎながらも、新しい試みにも挑む「Japan Working Hero」を訪ねて、季節ごとに旅をする連載。「墨と山伏編」では、芸術家であり山伏でもある坂本大三郎さんに会うために、山形県西川町へ向かった。坂本大三郎さんと〈KAPITAL〉デザイナーの平田"KIRO"和宏さんの対談も。TRANSIT59号掲載のアナザーストーリー。


photography=YAYOI ARIMOTO
text=TRANSIT


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月山の麓で、坂本大三郎さんに会う。


一月末、山伏の坂本大三郎さんに会いに山形へやってきた。上野駅からつばさに乗って2時間半ほど北上。山形駅で坂本さんと合流して、車で拾ってもらい、そのまま坂本さんが拠点にしている西川町の〈十三時〉へ向かう。山形市内にはほとんど雪はなかったけれど、真っ白に雪化粧した山々に近づいていくと、青空に風花が散らついてきた。

山形駅から車で30分ほどで〈十三時〉に到着。店舗と工房スペースがあるここは、イタヤカエデの木から樹液を搾り取ってメープルシロップをつくったり、クロモジから精油を抽出してアロマオイルにしたりと、秘密基地のような作業場になっている。古来の山伏がそうしてきたように、坂本さんは山のものを里に届けながら山と人の関係を結んでいる。

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左上・右下/坂本さんと古代との遭遇。小学生の頃、林間学校で地面を掘っているときに、ふいに見つけた石斧。旧石器時代のものだろうか。人間の意図が微かに感じられるやさしい造形。

千葉で生まれ育った坂本さんが山形で山伏になるまでは、著書『山伏と僕』におもしろく書かれているのでぜひ読んでもらいたい。それにしても現代の山伏とは、いったいどういうものなのだろう? 〈KAPITAL〉のデザイナー平田"KIRO"和宏が坂本大三郎さんに話を訊いた。

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右上/山から採ってきたクロモジの枝から精油を抽出するところ。同じクロモジでも、日当たりや標高によっても香りが変わる。 左下/撮影の合間にいただいた、山形の食卓でお馴染みの「ひっぱりうどん」。熱々に茹で上げたうどんに、納豆、ツナ、生卵、めんつゆをかけていただく。「食材がなんにもないときはこれ」という。ほっとするおいしさ。


●坂本大三郎さん×〈KAPITAL〉デザイナー平田"KIRO"和宏さん


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山伏カルチャーとの遭遇。


平田:山伏であり、芸術家であり。現在の坂本さんになるきっかけは、どこで生まれたんですか?

坂本:イラストレーターの仕事をしながら東京で暮らしていたときに、山伏っていう人たちが山にいて、誰でも山伏修行できると聞いて参加してみたんです。それが自分にとってはものすごくおもしろい体験で、東京に帰ってから山伏についていろいろと調べ出したんです。

そうしたら、山伏って日本文化の発展に深くかかわりのある人たちだというのがわかってきた。僕は子どもの頃から絵を描くのが好きだったので、「人間ってなんで絵を描くんだろう」という問いがいまもずっとあるんですけど、自分が知りたかったことと山伏は繋がりがあると感じて、もっとこの文化を知りたいと思ったんです。そこから山伏の末席に加わる修行に参加して、今年で17年目です。


死んで、生まれる。山伏の服。


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デニムジャケット¥39,380、デニムパンツ¥37,180、ストール参考商品(KAPITAL)

平田:今回は〈KAPITAL〉のオリジナルデニムも着てもらいましたが、山伏が着る服というのはどいうものがあるんですか? 白装束のイメージがありますが、何種類もあるものなんですか?

坂本:ふだんは1、2万円するような山の専門書などにお金をかけてしまうので、今回〈KAPITAL〉の服を着られてうれしかったです。デニムに刺子が施されていて丈夫そうですよね。山伏の衣装は、修行に入る山によって柄が違います。私が修行している出羽三山では市松模様です。四角い柄は岩を表しているんです。

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平田:たとえばイギリスでいったら、チェック柄でどこの家の一族かわかるようなものなんですかね。おもしろい。

坂本:昔は日本各地に山伏がいたんですが、明治の廃仏毀釈でその信仰文化が潰されて、いま拠点として色濃く残っているのは山形や奈良や和歌山などです。同じ山伏でも着ている服が違うから、あの人はあの山の出なんだなとわかるわけです。

服自体にもいろんな意味があって、たとえば生地が白いのは、自分のお葬式をあげてから山に籠るという意味があるんです。山はお母さんの胎内とされていて、自分の日常のなかで蓄積された感覚を1回リセットして0に戻してから生まれ清まるという考え。だから白装束っていうのは死装束でもある。あと頭にかぶる宝冠は、胎児が母体のなかでかぶっている胎盤の姿を模していたりするんです。

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山伏の仕事とその日常。


平田:坂本さんのまわりで山伏をされている方は、どんな生活をしているんですか?

坂本:山で修行するとき以外は普通に生活をしています。わりとお寺の人が多いですね。職業という意味では、現代社会では山伏はよくわからない存在になっています。職業として一般的には認知されていないので、役場の書類や銀行の書類の職業欄に「山伏」とは書けないんですよ。ただ、昔は薬草や山菜を採ったり、巫女と組んで霊能者のようなこともしていました。江戸時代に、70種類ぐらいの職人を描いた絵図があったんですが、山伏はそこには職人の一つとして記されていたんですよ。

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世界の山の知恵を結んでいく。


平田:いまはどんなことに興味をもたれているんですか?

坂本:世界各地の山の文化を紐解いていきたいというのはありますね。山の文化を調べてみると、海を渡ってきた人たちとかかわりが深い文化だということがわかってくる。たとえば異界とされてきた山にわざわざ人が分け入るようになった大きな理由の一つが、鉄だったという説があります。砂鉄や鉄鉱石を採集して製鉄をする人たちが山にいた。鉄の文化は(ユーラシア)大陸から伝わってきたことを考えると、その山の人たちは大陸から渡ってきている可能性が高い。

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坂本さんが東北の山で集めた砂鉄で試験的につくった鉄。

大陸の文化が日本にだけ到達しているわけではないので、世界各地に散っているんですけど、この間はタイの山で自分たちと共通する文化があることを体感してきました。たとえば、北部の山のほうに暮らしているアカの人びとの集落の入り口なんかには「パトゥー・ピー」と呼ばれる鳥居の形の木の門が置いてあったりするんです。あとは納豆や漬物もそう。発酵食などの食文化はすごく日本と共通している。

そういった各地の山の文化をつないでいきたい。そしてそれをいま自分たちのやり方でやるとしたらどういう方法があるのかということにも興味があって、自分が現代でやるとアートみたいな領域で受け入れられるという状態ですね。

平田:自分が山伏をやっていることを英語でどう説明するんですか?

坂本:説明が難しいんですけど、「マウンテンプリースト」と言っています。山の修行者といった意味になりますね。日本の中でもとても古い由来をもっている人たちの一種として、山伏について説明しています。たとえばネイティブアメリカンであるとか、中国やラオスやタイの山岳民族の文化と共通点があると話しています。

平田:その説明はわかりやすいですね。

坂本:少し話を戻して、洞窟と芸術ということでいうと、「なぜ人は絵を描くのか」という問いにもつながってきます。自分なりにこうじゃないかなと思うのは、絵を描くことで、自分じゃないものと繋がりたいという欲求が人間にあるんじゃないかということ。自分じゃないものというのは、自分の言葉でいうと自然であったりだとか、人によっては宇宙というかもしれません。描いている間は日常の意識状態ではなくて、集中していくと自分を忘れるというか。そういう瞬間になにか自分以外のものに触れる。

現代に残る山伏は密教の影響が強いと思うのですが、昔は禅宗や神道の山伏もいたし、もっといえば猟師はすごく山伏の文化と近いように感じています。古来の山伏は宗教的なものよりも生活に近いんじゃないかと。そういう山仕事をしている人たちがつくっているものも、芸術の源泉に絡んでくるんじゃないかと思っています。

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版画のイラストを制作する坂本さん。

平田:僕は以前に滝行にハマっていて、いろんな場所で滝行を経験しました。そうやって各地の滝に行くようになって驚いたのが、意外と滝行しにくる人がいるんだなということ。山伏にも滝に打たれる修行がありますよね。どういった意味があるんですか?

坂本:滝によっていろいろな意味合いがあるんですけれども。たとえば、月山には東補陀落(ひがしふだらく)っていう聖地があって、男性器の形をした岩と女性器を意味するお浜という湖があって、そこの水が混じり合って濁沢とよばれる滝になっている場所があるんです。そこで滝行することによって、生まれ直すような考えをもつ人がいます。僕もやりましたが、あそこの滝はすごく水が冷たいですね。山の力に触れて力を得ようという部分と、もう一方では心身に負荷をかけることで成果を得ようとした部分もあると思います。

平田:さっき洞穴の話をしていましたが、坂本さんは穴を掘ってそこに籠るということもしていると聞きました。それは山伏の活動とつながっていたり、芸能のひとつであったりするんですか?

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左上/裏山につくった穴を掘り出すために雪かきをする。40分ほどで2mは掘り返していた。 右下/裏山にある洞穴の内部。土の香りで満たされていて、冬眠する熊になったような気分。 

坂本:はい。冬至と夏至の日に山形の山の穴に入って、穴から出てきて舞いをするということを継続してやっています。2022年の夏にドイツで行われた5年に一度の現代アートの祭典「ドクメンタ」に招待されたときには、広場に穴を掘ってそこに3日間入るということもしました。

ドイツ南部には、「ライオンマン」という獅子の顔をした世界最古の彫刻が発見された洞窟があるんですね。そこにもつながってくるんですが、「アートの原点はどういうものなのか」という問いを立てたんです。それが「穴」や「籠る」に通じているんじゃないかと。

穴の中で3日間、心を追い詰めるような時間を設定して、それが終わって満月の日に踊りました。籠るときは排泄も極力減らしたいので、数日前から断食して準備します。

平田:これから先も、生涯、山伏でいるんですか?

坂本:ずっと山伏をするかもしれないですし、そうではないかもしれないです。自分の興味のあることをずっとやってきていて、それがたまたま山伏だったりとか、芸術祭に招かれているうちにアーティストとしてよばれるようになったりしているので、肩書きが後付けという感じなんですよね。


忘れかけている山のカルチャーに光を当てる。


昨日の青空が嘘のように、夜遅くから西川町は猛吹雪に包まれた。朝、昼とますます雪は激しさを増していく。その日は、日本中が大寒波に襲われた日となった。"日本一雪が降る町"だという西川町。建物の外に一歩出るだけで、横殴りの雪で方向感覚がわからなくなるくらい視界は真っ白になる。

そんな大雪のなか、坂本さんは山伏衣装に着替えて、裏山で舞を見せてくれた。木の棒を雪面に打ち立てて、お経を唱える。地面を踏み締めながら、旋回や跳躍を繰り返す。「日本の舞踊は、地面を踏んで宇宙の在り方を地面に描くことで、祭りの間はそこが宇宙の中心であるという意味づけを行うんです。そういった伝統芸能の構造を取り出して、自分の舞をつくっています」と教えてくれる。

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なにもしなければ時代の波間に消えていってしまう文化。消えるものには消えていくだけの理由があるのだろう。それでも、忘れ去られていた文化について坂本さんが語るとき、それらは源泉のように熱く地中から息を吹き返す。坂本さんは山に眠る文化を現代に召喚して、自分に必要とするかたちで再構築していく。次は坂本さんがなにを見つけてきてくれるのか。時間や国境を超え、彼が掴みとる鉱脈をたのしみにしてしまうのだ。

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PROFILE
坂本大三郎(さかもと・だいざぶろう)●千葉生まれ。山形を拠点にする、山伏であり文筆家。著書に『山伏と僕』(リトルモア)、『山伏ノート』(技術評論社)、『山の神々』(エイアンドエフ)など。芸術家として『山形ビエンナーレ』『瀬戸内国際芸術祭』『ドクメンタ』などにも参加。
Instagram:@daizaburo_sakamoto

問い合わせ先:
HP:www.kapital.jp
Instagram:@kapitalglobal

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