多種多様な生物と出会う神秘の島
忘れられない海 by 小山内 隆
沖縄・西表島編

海は一つなぎにつながっているけれど、国や地域によってその色や地形や植生は異なるもの。そしてその海を中心に多様なカルチャーが生まれ、そこにしかない風景や食、人びとの生活を象っています。

世界のさまざまな海を訪れ、体感してきた編集者・ライターの小山内隆さんに、「もう一度行きたい、忘れられない海」について綴ってもらいました。

第4回は、沖縄の「西表島の海」です。

photography & text = TAKASHI OSANAI



決定打はナイトツアーだった。それは夜行性の生き物の日常生活をそっと覗きに行くもので、運が良ければ遭遇率が非常に低い絶滅危惧種イリオモテヤマネコにも会えるかも!?というツアーである。

出発は20時頃。ホテルからガイドさんとともにバンに乗って県道をゆっくり走り、田畑や森の中を歩き、西表島の夜の自然を存分に楽しむという3時間ほどの行程だった。車内でも歩いている最中もガイドさんは生き物を探しつづけ、急にバンを停めたと思えば「ヤシガニがいました」と道路脇を歩く天然記念物まで導いてくれ、「なにか鳴き声が聞こえますね」といえば、「あそこにいました」と電線で一休みしているリュウキュウコノハズクを指差した。

ほかにも、リュウキュウイノシシ、サキシママダラなどがひょっこり登場。最後に訪れたスポットでは、街灯の灯る電柱のまわりにコウモリがわんさか。ヒッチコックの名画『鳥』のコウモリバージョンとも思える、群れに群れた光景は、ちょっとしたホラーでもあった。

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西表島へは石垣島からフェリーでアクセス。出航時からすでに海は奇跡のブルー。空も真っ青。

残念ながら、イリオモテヤマネコには出会えず。けれどもツアー中はずっと「次は何が出てくる?」と胸が高鳴り、刺激的な体験だった。なにせ9割がジャングルだといわれる島。人が暮らし行き交う場はわずかでしかなく、島のご主人は大自然。たった3時間だが、触れた西表島の日常の一コマからは「この世界に巣食うのは人だけではない」ことを実感するに十分だった。

東京ではそんな環境に触れられない。郊外へキャンプに行ったくらいでも経験できない。コスタリカなど海外に行けば似た環境はあるだろうけれど、西表島では安全をより確保しやすい。だから、子どもを連れて戻ってこよう。ナイトツアーを終えて、そう思ったのだ。

再訪は翌年の夏。4歳の息子を連れて家族で島に上陸した。すると予想通り、息子は小さな身体と心を全力で躍動させる毎日を送った。

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そこかしこで見られた島の素顔。大野生が息づく島に人がお邪魔しているような感覚を覚えた。

ナイトツアーではやはり好奇心がくすぐられ、ヤシガニを見つけると「バルタン星人みたい」と声を出し、生まれて初めて見た野生のヘビの登場にビビり、闇に包まれる森の中では、何かの鳴き声が聞こえるたびに足をすくませつつ、それでも"次の何か"を楽しみにガイドさんの真後ろをついて行った。ホテルに戻ったときには22時過ぎ。いつもなら熟睡している時間だったこともあり、部屋に戻った途端にスイッチオフ。朝までぐっすり眠っていた。

翌日はイダの浜へ。海は透明度がとても高く、砕けた珊瑚が混ざっているビーチは真っ白。息子は開放感を覚えたのか、普段は顔に水がかかるのを嫌うものの、このときは全く気にせず遊び、水中メガネをかけてクマノミたちと出会い、ビーチでヤドカリを追いかけた。

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美しきイダの浜。海はお風呂のような温かさ。仰向けになって浮かんでいると太陽の日差しも心地良く、いつまでもプカプカと浸かっていたいと思えた。

クーラの滝へカヤック&トレッキングで行くツアーにも参加。最初はマングローブの中をゆっくりとカヤックで、水深が浅くなったところからは徒歩で進んだ。大人の足で10分ほどかかる距離を歩くとクーラの滝に着くのだが、その間はずっと足元のおぼつかない岩場。それでも我が子はグングンと歩いていく。ガイドさんについて自分だけで歩き切ろうと強く思っていたのか、手を貸そうとすると拒否され、落差5mほどのクーラの滝に到着すると誇らしげな表情を見せていた。

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原始の姿がそのまま現在に息づく西表島のマングローブ原生林。今回はその中をカヤックでのんびりと進みクーラの滝へ向かったが、ほかにも遊覧船でのクルーズを楽しむプランなどもあった。

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島内に数多ある滝は見どころのひとつ。子どもでもアクセスしやすいクーラの滝は落差5mほどの小さな滝。島内には55mもの高さから落水するピナイサーラの滝などもある。

月ヶ浜での出来事も印象的だった。その前日には強い風が沖から岸に向かって吹きつづけ、そのため浜には小さな波が押し寄せていた。月ヶ浜は遠浅のビーチ。海の中に入っていくと、波がブレイクする場所は大人の太ももくらいの深さ。子どもには深すぎるため、抱き抱えながら波を待ち、うねりが来たタイミングでジャンプ。すると無重力状態のようになって、ふんわりと浮き上がる感覚を味わった。

初めての感覚にハマったようで、息子はおかわりを連発。顔に波飛沫がかかってもお構いなし。「プールと違って、海はしょっぱいんだね」なんて知恵もつけた。もしボディボードがあったなら、また別の感覚を得られたと思う。けれど滞在していたホテルにレンタルはなく、借りられる場所もわからない。その点は残念だったが、どうやら西表島には波はあるようである。

というのも滞在中のある日、自転車を借りて島内をサイクリングしていたら、うしろからやってきたワンボックスに追い越され、次の瞬間に進路を塞がれ声をかけられた。なんとその人は、古くからの知人であり文筆家でもあるマウイ在住のウォーターウーマン。偶然の再会に驚いたが、聞けば西表島でサップなどのツアーを催行しているとのこと。さらに島にはサップサーフィンができるポイントがあるということも教えてくれた。なるほど、島はまだまだ神秘に溢れているということだ。

季節が変われば、島での自然遊びの方法も変わる。冬は海ではなく山遊びが楽しいかもしれない。夏の表情しか知らない我が家の西表島トリップは、これからもつづきそうなのである。

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滞在中の島時間は常に鮮やかな天然色とともに。

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滞在はエコツーリズムを展開する〈星野リゾート 西表島ホテル〉。食事は選択肢が豊富なビュッフェ形式、敷地内にプールがあり、ロケーションは月ヶ浜に隣接。ナイトツアーなどプランも豊富と、ファミリートリップの拠点としては格好の滞在先。

PROFILE
小山内 隆(おさない・たかし)●サーフィン専門誌とスノーボード専門誌で編集長を務めた後、フリーランスの編集ライターとなる。雑誌やウェブマガジンなどで、旅やサーフィン、ファッション、アートといったテーマを中心に編集・執筆を行う。男性ファッション誌『OCEANS』ではコラム「SEAWARD TRIP」を10年にわたり連載し、加筆・再編集した書籍『海と暮らす〜SEAWARD TRIP〜』を上梓。

■EXHIBITION
11月6日(月)〜12月6日(水)、福岡の九大伊都 蔦屋書店にて、書籍発売記念フェアを実施!さまざまな海の写真を展示し、連載で取材・紹介したアイテムや、著者が選書した書籍・写真集などを販売します。

■INFORMATION
『海と暮らす〜SEAWARD TRIP〜』(イカロス出版)
2023年6月15日(木)発売、1980円
Amazonページはこちら

20230628_umitokurasu_6.jpg 九大伊都 蔦屋書店 https://store.tsite.jp/kyudai-ito/