音楽好きであり、ライフワークとして旅をつづけるフォトグラファーの斎城弓也さん。2023年冬にタイ最大の音楽フェスでありサステナブルについて考える場でもある「Wonderfruit」を訪れたときの話をしてくれた。
photography & text = YUMIYA SAIKI
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タイのサステイナブルな音楽フェス「Wonderfruit」へ
大学卒業後、大手企業に一度は勤めたものの、その生き方に疑問を抱いた僕は、バックパックを背負って世界へ数年間の旅に出た。そのなかで、音楽好きであり旅をしながら写真の仕事をしていた父の影響もあってか、気がつけばヨーロッパ、オーストラリア、アジアや北米・中米など世界各地の音楽フェスを撮影する仕事を始めていた。
世界的なパンデミックの影響により、一時その中断を余儀なくされたが、その収まりを経てようやく見えてきた旅のつづき。2023年末、以前から気になっていたタイの「Wonderfruit」に、今回多くの友人がアーティストとして、ステージの設営チームとして、また観客として参加すると聞いて、撮影の仕事も兼ねてタイを訪れた。
音楽好き、または音楽関係の仕事をしている知人が多くいる環境のため、必然的に「今気になる世界の音楽イベント」の情報が絶えず回ってくるのだが、なかでも近年多く耳にしていたのがWonderfruitだった。2014年に初めて開催されて、それから毎年12月中旬に東部のリゾート地であるパタヤで開催されるタイ最大級の野外音楽イベントだ。
Wonderfruitの創設者はPranitan "Pete"Phornprapha。彼はもともと音楽フェスティバルをつくるつもりはなく、60年代、70年代の万国博覧会のようなものを思い描いていたようで、芸術や文化をとおして現代社会が直面している環境問題について対話する機会をつくりたかったのがはじまりだという。そのきっかけが種となり、その果実がWonderfruitになったのだと語っている。サステナブルとウェルネス、それがこのイベントの大きなテーマになっている。
会場内にはアート・ライフスタイル・カルチャー、音楽や自然をテーマとしたブースがざっと数えただけでも20以上も用意されており、今ではNicola CruzやRichie Hawtin、Nightmares on Waxなど世界の有名アーティストがラインナップに名を連ねる。音楽以外にもヨガ、瞑想、発酵学やヴィーガン料理などのワークショップ、トークイベントなどが盛りだくさんだ。
そして、世界中のアーティストや建築家によるステージ・建造物が所狭しと並び、各エリアが独特の輝きを放っている。たとえば、ロサンゼルスの建築家Gregg Fleishmannによってデザインされたフェスティバルの象徴ともいえる「Solar stage」は2017年から使われていて、アメリカの野外イベント・バーニングマンのために建設された「Temple of Whollyness」のパーツを使用している。パズルのように分解、再構築できるように設計されているのだ。
パタヤというとタイ湾のビーチリゾートが思い浮かぶかもしれないけれど、Wonderfruit Festivalの会場になっているのは山側のSiam Country Clubという広大なゴルフ場。フードエリアや雑貨などの出店も充実していて、全4日間のフェスの期間中に会場を歩き回っていても全体像を掴みきれないくらいだ。
とくにWonderfruit Festivalはサステナブルに注力した取り組みと、世界の中でも最新といわれる運営システムが注目のフェスだと感じている。以前は持ち込みのテントでキャンプが可能だったようだが、今では会場内に参加者自身のテントの持ち込みは不可。そのため多くの参加者は会場からタクシーなどで15〜30分程度に位置する市内のホテルに滞在する。提携のホテルからはシャトルバスも日に何本か出ている。(この一般テントサイトのないシステムのおかげで、参加者の持ち込みのゴミ類が圧倒的に少ない......!ということに後々気づく)
会場内にステイしたい人向けに、フェス側が用意したエアコン付きの4人用テントやRVを借りるという手段もあるが、お値段はそれなりにする(それぞれ4日間の通しで20〜30万円ほど)。僕は会場から20分程度の小さなリゾートホテルに友人たちとともに滞在することにした。
チケットは4日間の通し券、週末のみのチケットなど種類があるが、通し券は会場で購入の場合600USD。事前のセールのタイミングで270USD程とかなり価格差がある。後々参加が難しくなった場合でも、チケットの売買はオフィシャルサイトで可能なので、迷っているなら早めの段階で買って損はない。
ちなみに会場内の飲食についてはサクッとフォーなどを一杯注文して350バーツ(1500円ほど)、ビールを飲んで200バーツ(800円ほど)、カクテル類だと400バーツ(1600円ほど)。円安の影響も当然あるとはいえ、もはや日本のそれと同等かむしろ高いくらいである。タイのフェス価格もここまできたかと10年ほど前の記憶を懐かしむ。
会場に到着したら、まずはリストバンドをゲット。今回すごくスマートに思えたのが、このバンドについている電子マネーチップ。会場内に点在するTop Upポイントにて現金やクレジット払いでこのフェス内で使える電子マネーを貯めて使う。会場内の買い物はすべてこれで完結するため非常に楽。日本のフェスでも採用してほしいくらいだった。
入場ゲートでは厳重なセキュリティチェックが控えている。危険物などは当然のこととして、このフェスでは一切のプラスチック類など自然に還らぬものの持ち込みができない。飲み物を購入する際も、使い捨てのカップはもらえないので自分でタンブラーなどを用意して入れてもらうか、オフィシャルのWonder Cupなる再生資源でつくられたマグを購入して、会期中使用することになる。正直にいって常に持ち歩かなければならない荷物が増えるのは不便に感じたが、地球環境への影響を考えるとスッと腑に落ちて、いい試みだと思った。
あれやこれやと入場までに延々と時間がかかるのはこういったフェスでは定番だが、ヨーロッパやアメリカ、オーストラリアなどでの過去の経験と比較してもかなりスムーズなほうだった。とにかくよくオーガナイズされている。そしてトイレがきれい!
初日のコンテンツは夕方からなので、そうこうしていたら既に陽は落ちかけていた。サイトは森、水辺、むき出しの大地と多様性があり、歩いていて単純に楽しい。次々と目に入ってくる各ブースのデザイン、煌びやかな光......ここはタイなのか。クオリティの高さに驚いた。数ある音楽系のステージ同士が近いからかPA的な問題なのか、ステージから離れて落ち着きたいタイミングでいろいろな音が混じって聞こえてくるのは少し気になった。
2022年は異常気象のため少し肌寒いくらいだったそうだが、この2023年はとにかく暑かった。日中は35℃近い猛暑。夜19時あたりからようやく28℃前後となり過ごしやすくなる。本当は体力的に問題がなければ昼のコンテンツももう少し楽しみたかったが、初日以降もその暑さのために我々は夕方以降に行動開始する夜行性に......。
水に関しては給水スポットがいくつもあり、飲料水もそこで手に入るのでその点はありがたかった。
日本人のほか、東南アジア圏の人も多いのだが、オーストラリアや欧米からの参加者も同じくらいの割合に見える。国という概念を超えてまったく新しいグローバルコミュニティに招待されたような感覚。僕が海外のこういったイベントが好きな理由の一つだ。
そしてステージのユニークさ。名前もそうだが造りもここでしか出会えないものばかり。ダンスミュージック中心で人が集まりひときわ盛り上がりを見せている森に囲まれた「THE QUARRY」、360°音響とライティングによる演出が目を引く「POLYGON LIVE」、朝を迎えても音の鳴り止まない「SOLAR VILLAGE」。バンド系でいえばサイズもフェス内最大級の「Creature Stage」、寝転んでアンビエントをといえば「ENFOLD」と、ジャンルに縛られず誰もが自分の好きなタイプの音楽を探して楽しめる懐の深さがWonderfruitにはある。また、今回は日本人チームが主体となって造りあげたステージ「Catch428」が初登場して、こだわりのスピーカーを日本から持ち込んでサイトの最奥でコアなダンスミュージックファンを踊らせていた。
個人的に海外のフェスの楽しみ方として、行かなければ知り得なかったその国のアーティストを発見する、ということがある。ここに自分がふらりと歩き回るなかで出会った現地のアーティストを何組かご紹介したい。
Wonderfruitで出会ったアーティストたち
●Wicked Lights
他のステージのアッパーなテンションとは逆の方向性で、夜の「Creature Stage」で美しいバンドサウンドを響かせていた。多くの観客が地面に座りその歌声に聞き入っていた。ブリティッシュロックの影響を強く感じるスタイル。
バンドの中心人物であるトゥー・チャールソンは30年にわたり作曲のためにさまざまな楽器を学び、研鑽を積んできた。学生時代をイギリスで過ごし、異国の文化に触れることで音楽的にも新しい世界を学んだ彼は、エリック・クラプトン、プリンス、ジェフ・トゥイーディー、ニール・ヤング、エリオット・スミス、レディオヘッド、ジョイ・ディヴィジョンなどのアーティストに憧れ、ギターを手に取った。さらに多くのジャンルの音楽を吸収し、ロンドンではさまざまなジャンルの音楽公演に参加。その後、世界を旅するようになり、各地で出合った音楽に自分の哲学を応用した。ほとんどの楽器を自ら演奏することで、ユニークでオリジナリティのある表現を生み出し、アジアではほかに類をみない音楽スタイルをつくりあげた。
● Rainytoast
夕暮れどきのバー併設のステージ「NERAMIT」にて。心地よい歌声が聴こえてきたので立ち寄った。観客はバーのお酒を片手にテーブル席やソファに寝そべるかたちでゆったりとチルな時間を過ごしていた。
レイニートーストは、ソウル、ポップ、R&Bに情熱を注ぐ5人によって2023年に結成されたバンド。アンダーソン・パーク、ダニエル・シーザー、シルクソニック、ビル・ウィザース、ボビー・コールドウェル、エイミー・ワインハウス、コリン・ベイリー・レイといったアーティストからインスピレーションを得ている。タイの新世代を代表するアーティストとなり、世界に響く音楽を創造することを夢に掲げて活動している。
● 3069
協賛のSingha(日本でも馴染みのあるシンハービールの会社)のブース「Ziggurat」のステージにて。タイの四人組のバンド。歌詞もタイ語で歌われており一番タイのフェスに来たぞというフィーリングを強く感じられた。
2017年から4枚のシングルをリリース。フルアルバムをぜひ聴いてみたい。
こういったローカルのバンドに出会えるのもフェスの醍醐味だ。
●Ground
Photo by mt.chills
そして日本人アーティストも。初日の「POLYGON LIVE」ステージのクロージングを務めたDJのGround。大阪を拠点にデジタルレーベル「Chill Mountain Rec」を運営し、数々の作品をリリースしながらも世界各地のフェスティバルやイベントに出演している。今回のWonderfruitでは自身初となるとっておきのlive setを披露。
[SoundCloud link]:
https://soundcloud.com/polygon_live/ground-full-dj-set-from (こちらは2022年のWonderfruitでのセット)
主催者側の希望として、参加者には「新しいジャンルやカルチャーを発見してください(Discover new genres, venues and cultures)」とウェブサイトやパンフレットで謳っている。僕にもその意味はよくわかった。Wonderfruitでは目当てのアーティストのパフォーマンスを狙っていくのもありだが、自分の感覚を頼りにふらりと歩き回る中で気になるブースに足を運ぶ、未体験のワークショップに主体的に参加してみるなど、自分が今知っている知識を一旦置き去りにして、新しい経験に身を委ねてみるのがいいのだろう。それくらいのキャパシティの広さ、ありとあらゆる音楽・カルチャーの奥行きが魅力であり、且つ環境への取り組みなどを通して日頃の自分の生き方についても考えさせてくれる、ただ「楽しかったな」以上の何かを得れるフェスなのだと思う。あれやこれやと膨大で魅力的なコンテンツを満喫しているうちに4日間の行程はあっという間に過ぎ去ってしまった。
各ブースでの"体験"の濃さとその数の多さゆえ全てをここに書くことはできないが、アジアにこれほどのクオリティの野外フェスが存在するのだという驚きとともに、久々の海外での非日常を満喫した。
Wonderfruit:
https://wonderfruit.co/
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PROFILE
斎城弓也(さいき・ゆみや)●フォトグラファー。世界各地を撮影しながら旅をしたのち、都内の撮影スタジオに勤務。その後、TAKAKI_KUMADA氏に師事し独立。今でも時間を見つけては海外に渡り撮影をしている。