フランスで生きる移民たち
人種差別や高失業化など
現代社会における問題と対策とは

古くから移民を受け入れてきたフランスだが、近年は社会問題として取り上げられるように。パリ同時多発テロ事件などが起きて、フランスを脅かす存在として語られるようになったのだ。

supervision=CHIKAKO MORI
text= TRANSIT




2005年の暴動や15年のテロ事件など、フランスの移民問題が注目されている。歴史を振り返ると、フランスに本格的に移民が増えたのは第二次世界大戦後。主に炭鉱や自動車産業で不足していた労働力を補うため、スペインやポルトガル、マグレブ諸国(北西アフリカ)から安価に雇える外国人労働者を大量に受け入れてきた。だが1973年の石油ショックによる経済不況で、ほかの先進国と同様移民の受け入れを停止。現在まで移民規制を強化する法制が幾度となく改正されている。

フランスは長く、民族や宗教などを特定せず受け入れ「フランス人として統合していく」移民政策を行ってきた。フランスでは出生地主義をとっているため親の国籍を問わずフランスで生まれたら国籍が付与される。同志社大学の森千香子教授は「フランス人である限り、法の前には平等。その思想ゆえにむしろ反差別政策が遅れ、救済策も講じられなかったと考えられます」と解説する。「移民といっても、ヨーロッパ系にはいい就職先がある一方で北アフリカや旧植民地諸国の出身者はブルーカラーの仕事が多いといわれます。移民問題は人種差別の問題でもあるんです」

人種差別、失業、貧困、宗教などの問題を抱え、フランスの移民社会に統合できず苦しむ若者たちがいることが、数々の事件で浮き彫りになっている。


フランスに生きる移民の現状


フランスの国籍別人口(2020)

外国に生まれ、出生時にフランス国籍をもっていなかった外国人は2020年に501万人と全人口の約7%。外国で生まれ、18歳のときにフランス国籍を取得した移民2世とあわせる約11%を占める。 T64_P164_1.jpg
出典:フランス内務省


フランスの国籍別失業者数・失業率(2020)

失業者数の総数を見ると、フランス人が7.6%であるのに対して移民が22.9%と3倍以上に。なかでも出身地がEUとEU以外で2倍以上の開きがあることがわかる。「フランス人」の失業率に「移民2世、3世が」含まれているかどうかは統計では不明。 T64_P164_2.jpg
出典:フランス内務省



時の大統領と、移民をめぐるフランス社会の歴史


▶︎1974-1981

ジスカール・ デスタン大統領(仏民主連合党)


「今、フランスは、マルチカラーな未来を作っている(1979)」

ジスカール・デスタンは石油ショックで不況になると、国内で働かせていた移民の帰国奨励政策を開始した。

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|国内外の事件と移民法の流れ|

1973年 第一次石油ショック 【事件】

1973年に勃発した第四次中東戦争で原油価格が大幅に上がり、世界経済が大きく混乱。

1974年 移民受け入れ停止 【移民法】


1977年 外国人の帰国奨励政策開始 【移民法】

原則として外国人労働者の新規受け入れを停止。「家族再会法」で一定の要件のもと家族の呼び寄せは認めたが、年に一人万フランの補助金支給で帰国奨励政策を開始した。



▶︎1981-1995

ミッテラン大統領(社会党)


「フランスの移民政策は限界に達した(1989)」

移民に対して寛容な政策を進めてたが、国民の不満が積もる。テレビ演説で社会党の失策を認めたことに。

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|国内外の事件と移民法の流れ|

1984年 10年間有効・自動更新可の滞在・労働許可証の創設 【移民法】


1986年 非正規移民のマリ人強制送還 【事件】

非正規移民のマリ人が強制的にチャーター機に乗せられ、手錠をかけられて本国へ送還された場面が報道された。

1989年 スカーフ着用女子生徒事件 【事件】

フランス生まれのムスリムの女子生徒3名がスカーフをはずすことを拒否し中学校を退学処分に。

1993年 移民法改定 【移民法】

家族の呼び寄せを制限し、国籍取得に「意思表示」を義務付け。非正規滞在者が急増。



▶︎1995-2007

シラク大統領(国民運動連合党)


「三色と同時に多彩色の勝利(1998)」

首相時代に移民への差別発言があったが、98年W杯のフランス優勝時、国旗と肌の色になぞらえこう演説した。

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|国内外の事件と移民法の流れ|

1996年 パリ教会での移民権利闘争 【事件】


1997年 移民法改定 【移民法】

短期滞在でも「滞在証明書」が必要になり、外国籍の滞在者の取り締まりを強化。

1998年 W杯自国開催優勝 【事件】

アルジェリア系のジダンなど、移民をルーツにもつ選手の活躍がフランスを優勝に導いた。

2001年 アメリカ同時多発テロ 【事件】


2003年 選択的移民制 【移民法】

シラク大統領のもと、サルコジ内務大臣が選択的移民制に転換する法律を成立。質の高い移民は受け入れ、非正規の移民には取り締まりを強化す るというもので、2007年まで厳格化を進めた。

2005年 ライシテ法制定 【移民法】


2005年10-11月 パリ郊外暴動 【事件】

警察に追われた北アフリカルーツの若者が変電所に逃げ込み、人が感電死。これを機に暴動が勃発。

2006年 移民選別法 【移民法】


2007年 オルトフー法 【移民法】





▶︎2007-2012

サルコジ大統領(国民運動連合党)


「社会のクズを一掃する(2005)」

2005年の内相時代、移民と警察との衝突が繰り返された時期にテレビカメラに向かって発言。事態を悪化させる。

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|国内外の事件と移民法の流れ|

2010年 ブルカ禁止法 【移民法】

公的な場所で、ムスリム女性がヒジャブやブルカを着用することを禁じる法律。サルコジは「ブルカは宗教的な問題ではなく女性の服従の象徴」と認識。



▶︎2012-2017

オランド大統領(社会党)


「ほかの国籍ももっていれば、フランス国籍を剝奪できるようにする(2015)」

2015年11月、国会議員に向けた提案。フランス人を出自によってわけることを意味し批判を招いた。

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|国内外の事件と移民法の流れ|

2015年 シャルリ・エブド、パリ同時多発テロ 【事件】

ムハンマドの風刺画を掲載した週刊誌シャルリ・エブドを襲撃した事件と、ライブ会場など複数の場所で同時に無差別テロが起きた事件が同じ年に起こった。パリ同時多発テロではイスラーム過激派思想に共鳴した移民2世たちがシリア空爆への報復として犯行声明を出し、フランス政府は非常事態を宣言。テロの報復としてシリアへの空爆を行った。

2016年7月 ニーストラックテロ事件、ルーアン近郊教会襲撃事件 【事件】





●2017-

マクロン大統領(再生:共和国前進)


「正当化できない暴力(2023)」

移民少年射殺事件に対する激しい抗議デモが国内各地で起こり、デモ参加者を強く非難。

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|国内外の事件と移民法の流れ|

2023年 移民法 【移民法】

罪を犯した外国人などの国外追放の迅速化やフランスで生まれた子どもの国籍取得要件の厳格化。全体として移民の受け入れをさらに厳しくした。

2023年6月 パリ郊外少年射殺事件 【事件】



PROFILE
森千香子(もり・ちかこ)●社会学者。同志社大学教授。2016年『排除と抵抗の郊外――フランス〈移民〉集住地域の形成と変容』(東京大学出版会)で、渋沢・クローデル賞、大佛次郎論壇賞受賞。


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