異国と日本をつなげたり、旅を仕事にしていたり......。世界のことをいろんな方法で伝える人たちがいる。なぜその国・地域が好きになったの? どんなふうに仕事をしているの? 気になる旅と仕事の話を訊いてきました。
今回、訪ねたのは「
イスラーム映画祭」を主宰する藤本高之さん。中東や北アフリカ、アジアも含めたイスラーム文化圏を舞台にした映画を上映するイベントを、2015年から日本各地で開催している。
「20代の頃は、"深夜特急"をやりたくてバックパッカーをしていました。アジアから中東、東欧を経て北欧まで旅をして、イスラム圏がとくに好きになったんです。一番印象に残っているのは......パキスタンです。砂漠の一本道を車で突っ切ってイランに抜けた、その移動中の光景が忘れられません」
その後、もともと映画が好きだった藤本さんは、アップリンク渋谷(2021年惜しまれながら閉館した映画館)で開催されていた「配給サポート・ワークショップ」で映画配給のノウハウを学び、その仲間とともに映画祭を立ち上げる。
「実は最初にやっていたのはイスラームではなく、北欧映画祭でした。それを5年間続けたあと、何かほかのことをしてみたいと思っていて」
イスラーム映画祭の初開催となった2015年のポスター
ちょうどその当時の2015年は、ISISが台頭して、パリ同時多発テロが起きたタイミングだった。世界的に「イスラーム」という宗教・文化へのネガティブな偏見も広がりはじめていた。そこで藤本さんは、もともと興味があったイスラームをテーマにした映画祭を個人で主宰し、映画を通してイスラーム世界のありのままの姿を伝えることにした。
「イスラーム映画祭」ができるまで
作品選びから、上映権の交渉、劇場の手配、告知、上映時の解説まで、「全額自己負担」ですべて一人でやっているという藤本さん。
しかるべき作品を見つけるため、インターネットを検索したり、知り合いの研究者から話を聞くのだというが、どのような基準で上映作品を選ぶのだろうか?
「一番重視するのは、"誰が作っているか"です。できるだけ現地の人たち自身が作っている映画を選んでいます。ハリウッドやヨーロッパのプロダクションが乗り込んで作った映画も多いですが、そうしたものはやはり、西洋の価値観で見た中東というか。よく考えれば、中東(Middle East)という言葉自体、欧州を中心とみなす表現ですよね」
私たちは西洋の側から見た歴史を学び、イスラーム諸国に関するニュースも、欧米経由で入ってきたものを目にしている。そうしたバイアスを抜きにして、イスラームを「内側から見てみたい」のだと藤本さんは話す。
©︎AMISOM Photo/Tobin Jones
「たとえば近年、フェミニズム的な観点からヒジャブの着用が批判されることがあります。でも現地の人の話を聞いてみると、好きで身につけている人もたくさんいます。神が好きだから、自ら望んで着ているのだと」
いくら外側から関心をもってみても、内側にいる人たちの視点とはどうしてもズレが出てきてしまう。だからこそ、映画というかたちで"内側"から切り取った世界を目にすることに価値があるのだろう。
「その点、2021年11月にユーロスペースで上映した『結婚式、10日前』というイエメンの映画なんかは、勝手なエキゾチズム、理想化を一切感じさせない作品でした。地元の人たちが、自分たちの国民に向けて、自分たちの生活をそのまま映しているからでしょう」
『結婚式、10日前』(イエメン/2018)
作品を選んだら、次は上映権の獲得に進む。配給会社を調べ、メールし、いくらで上映していいか交渉して決める。しかしそこからが大変だという。
「翻訳が一番手間がかかりますね。だいたい英語字幕がついているので、それを重訳していくのですが、現地の言語、英語、日本語と訳していくうちに、どうしても本来のニュアンスから離れてしまう場合があります。それに、文化の背景を補足しないと伝わらないこともあります。そういう場合はイスラームや現地の文化を研究している方に監修してもらいながら、日本語字幕をつけるようにしています」
現地の人たちが、自国の人びとに向けて作った作品だからこそ、政治形態や法律、宗教のルールなど、日本に暮らす我々にはスムーズに理解できないことも多い。そうしたギャップを補っていく作業は、イスラーム圏の映画を扱うゆえの難しさ。しかしそこが「面白い部分でもある」のだという。
「想定外の批判があった」
それだけのこだわりをもって進めていながらも、意外なことに「最初のうちは批判もあった」と藤本さんは話す。それも、イスラームへの偏見をもった人たちからではなく、ある意味、"身内"ともいえるムスリムの方々から批判があったのだという。
「『イスラーム映画祭』というくくりが、まず大雑把じゃないですか。同じイスラームでも国や地域によって価値観も宗教観もバラバラですし。たとえばレバノンは、キリスト教徒とイスラーム教徒が半分半分に混在する国ですが、その国の映画をイスラーム圏の映画として上映すると、"レバノン=イスラームの国"という印象操作になってしまう」
レバノンの首都ベイルート。教会の隣にモスクがある。
あるいは、先ほど例に挙がった「ヒジャブ」もセンシティブな問題の一つなのだという。上映した作品にヒジャブをかぶった女性ばかりが登場していたら、それを見た人は"イスラーム=ヒジャブをかぶっている"と思い込んでしまうかもしれない。でも実際には、ヒジャブを着用しない女性も多いのだ。
『ミナは歩いてゆく』(アフガニスタン/2015)
「いくらこっちが好意でやっていても、やり方を間違えたら、偏見を生みかねないじゃないですか。たとえ99%がイスラーム教徒の国でも、1%が別の宗教だったら、その人たちを無視することになってしまいます」
イスラームへの偏見を取り除いていくことを目指してやってきたはずが、まったく逆の反応が返ってくる。それは藤本さんにとって受け入れがたいことに違いない。
「だからこそ、作品の上映前後やトークイベントやパンフレットを通して、しつこいくらい、作品とその舞台・背景について解説することにしました。パレスチナ問題といった社会問題も扱っているので、最近は、この映画祭が安易にイスラーム文化を紹介するようなものではないということが、わかってもらえるようになってきました」
2月19日から渋谷ユーロスペースで開催される「イスラーム映画祭7」でも、全9回の
トークセッションが開かれる。テーマは「アフガニスタン支援」「ボスニア紛争」「イスラーム世界のジェンダー変容」「労働問題」など多岐にわたる。
イスラーム圏の映画の面白さとは?
最後に、直球の質問をしてみた。「イスラーム圏の映画の面白さとは何か?」
藤本さんは、「好きになるきっかけはなんでもいい」という前提のうえで、「映画を観終わった後に、『あぁ、旅したな』という気分になれるのは、イスラーム文化圏の映画ならではだと思います」と答えてくれた。
「ハリウッド映画を見ても、日本の街並みと大して変わらないじゃないですか。イスラーム圏の景色は、やはりビジュアルのインパクトがあります」
『二つのロザリオ』(トルコ/2009)
「たとえば今回のイスラーム映画祭では、『二つのロザリオ』という、イスタンブールを舞台にした作品を上映します。イスタンブールといえば大観光地ですが、ガイドブックで見る景色と、この作品に映される景色とは全然違うんですよね」
美しい部分だけを切り取るのではない、過度にイスラームを理想化もしない、"内側"の視点で作られた映像。見ているうちに、本当に異国の地に来て、目の前で彼らの生活を見ているような気分になってくる。いわゆる観光地ではない、ちょっとマイナーな国に興味があるというような人はとくに楽しめるはずだ。
また、初心者におすすめのジャンルとしては、「イラン映画」を挙げてくれた。コンスタントに日本で公開されているためリーチしやすいこと、また、世俗的で宗教色がさほど強くないトルコに比べて、イランはビジュアル的にも宗教色が強く、よりいっそう旅をしている気分になれるのが理由だという。
『花嫁と角砂糖』(イラン/2011)
「かといって、イラン映画だけでイスラームのイメージを決めてしまうのはよくないので、チュニジア、モロッコといったマグリブ地方の映画も観てほしい。近年、積極的に映画を製作している地域です。幅広く楽しんでほしいですね」
2月19日から東京、その後、名古屋(3月)と神戸(4月)でも開催される「イスラーム映画祭」では、イラン、チュニジア、アルジェリア、モロッコほか、計9カ国の14作品が上映される。イスラーム文化に関心のある方も、旅する気分を味わってみたいという方も、美しく奥深いイスラーム圏の映画の世界をぜひお楽しみください。
藤本高之(ふじもと・たかゆき)●1972年生まれ。イスラーム映画祭主催。2015年にイスラーム映画祭を個人で立ち上げる。
▶︎「イスラーム映画祭7」
渋谷ユーロスペース
2月19日(土)- 2月25日(金)
名古屋シネマテーク
3月19日(土)- 3月25日(金)
神戸・元町映画館
4月30日(土)- 5月6日(金)
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