▶︎Interview アヌシュ&ヴィットーリオ監督
映画『ヨナグニ』が描いた
失われゆく言語と島を離れる子どもたち

Story - 2022.05.24
20220524_yonaguni_1.jpg テキストを開いて与那国語を読み上げる大人たち。放課後に恋の話をする子どもたち。子どもに戦争体験を語るおばぁ。お祭りのために娘に化粧をほどこす母親。そして、高校のない島では春が巡るたびに、若者が島を旅立っていく。

大事件があるわけではない、悲劇的な問題を差し出すのでもない。けれど、映画『ヨナグニ、旅立ちの島』を観ていると、他愛もない与那国の光景が淡々と連なりながらも、一日一日、季節が巡るごとに、なにかが零れ落ちていくような気がしていく。

この映画を撮影したのは、イタリア出身の映像作家アヌシュ・ハムゼヒアンと、写真家のヴィットーリオ・モルタロッティ。ふたりには日本最西端の与那国島がどう映ったのだろうか。

text=MAKI TSUGA(TRANSIT)


20220524_yonaguni_2.jpg ―――与那国で映画を撮ろうと思ったきっかけは?

ヴィットーリオ・モルタロッティ(以下、ヴィットーリオ): 最初に与那国島を訪れたのは2018年のことでした。ドイツ人言語学者パトリック・ハインリッヒと知り合いで、彼が与那国に言語のリサーチに行くというので一緒に来たんです。そのときに、私は「どぅなん」という与那国独自の言語に惹かれました。話者が高齢化して言語が消えかかっている現状と、その裏側で言葉以外のものも消えていっているんじゃないかと。それを映したいと思いました。
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―――フィールドワークをきっかけに映画につながっていったのですね。島ではどのように撮影を進めていたのでしょうか?

アヌシュ:2018年に実地調査で訪れてから、計4回来島して、撮影に2年かけました。一度島に行くと大体1カ月は滞在して撮影していましたね。撮影チームは私たち2人と通訳1人の3人。50mmのレンズで撮影していました。人数が少ないのは費用面の理由もありますが、その分、自分たちで目も耳も研ぎ澄ますことになるし、島の人との距離も近くなりました。

ヴィットーリオ:できるだけ子どもたちの普段の表情を撮るために、一人ひとり違う接し方をしましたね。家族と一緒にすごしてから撮りはじめる子もいれば、子どもたちだけで撮ったり。自分も15歳だった頃を思い出しながら、一緒に笑ったり、退屈したりして撮影しました。私たちは日本語ができないけど、映像と音の仕事をしているから、それらを通して子どもたちとコミュニケーションがとれたと思います。

アヌシュ:映画を撮りたいから私たちも自分から近づいていくし、子どもたちから半歩でも近づいてもらえるように努力しましたね。
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―――今回は映画だけではなく、与那国のインスタレーションや写真集も制作されていますね。

ヴィットーリオ:私たちは写真家でもあり映像作家でもあるので、これまでも映画だけでなくいろんな表現をしてきました。与那国では、映画も、インスタレーションの映像も、写真集も、すべて並行しながら制作しました。写真集は、学術的に記録を残そうという意図が強いですね。インスタレーションでは、直感的に与那国の複雑な文化を感じ取ってもらおうとつくっています。映画は、島の子どもたちをじっくり撮ることで写真とは違う味わいを残そうとしてカメラをまわしました。
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与那国島を映した写真集『L'Isola』。タイトルはイタリア語で「島」という意味。



―――与那国に惹かれた理由の一つが「どぅなんむぬい(与那国語)」ということですが、それについて詳しく聞かせてください。

アヌシュ:たとえば、私たちはイタリア出身ですが、イタリアのサルディーニャ島でも地元の言語が失われつつあります。サルディーニャは人口が約164万人、与那国は約1600人で、人の数も面積も規模が違いますが、同じように言語や神話を失っていく問題を抱えています。私はイタリアで生まれ育っていますが、父はイラン出身です。家の中でもイタリア語を話していたので、私はイラン語を話せません。自分たちの言語を失っていくのはどういうことなのか、もともと関心があったというのもあります。

ヴィットーリオ:『ヨナグニ』では、言語が消えていくことだけでなく、高校進学を機に若者が島を離れていくことについても、島の現象の一つとして焦点を当てています。戻ってくるかこないかはわからないけれど、ともかく地理的に一度離れなければいけない。映画では、若者と老人たちの文化を伝えたかった。老人から若者へ文化の伝達が途絶えてしまう状況も映したかったんです。
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―――今回、上映会に「国境にいきる」というタイトルがついて、『ヨナグニ』と『ばちらぬん』の2作品が同時上映されていますが、「国境」についてどう考えますか?

アヌシュ:「Periferia」(イタリア語で中心から外れたという意味)といっても、歴史の一部分でしかない。歴史はひとまわりするから、たとえば昔は頻繁に行き来のあった与那国島と台湾だって、また時代がめぐればつながることもあるのではないでしょうか。


上映会「国境の島にいきる」では、日本最西端の与那国を映した映画『ヨナグニ』と『ばちらぬん』の2作品を同時公開している。 西の果ての与那国島をきっかけに、辺境について、故郷について、失われていく文化について、思いを巡らせてみては? 詳しくは「国境の島にいきる」HPより上映情報をご確認を。




■監督プロフィール

20220428_yanaeiga_2.jpeg Vittorio Mortarotti(ヴィットーリオ・モルタロッティ、写真左)、Anush Hamzehian(アヌシュ・ハムゼヒアン、写真右) ●ヴィットーリオはトリノを拠点に活動する写真家。アヌシュはパリを拠点に活動する映像作家。共同で映画、書籍、美術作品の制作を行う。これまでにクラゲの研究者である日本人男性を取材した映画『Monsieur Kubota』(2018年) やア、メリカの原爆実験とオッペンハイマー博士の記録を追いかけた書籍『Most Were Silent』(2018年)などを発表。与那国島では、映画『ヨナグニ~旅立ちの島~』(原題:YONAGAUNI)のほか、書籍『L'Isola』、インスタレーション作品『L'Isola』を制作している。
Vittorio Mortarotti:www.vittoriomortarotti.com
Anush Hamzehian:hamzehianmortarotti.com

■映画情報

『ヨナグニ〜旅立ちの日〜』
イタリア出身のアヌシュ・ハムゼヒアンと写真家ヴィットーリオ・モルタロッティによって製作された映画。高校がない与那国島では、進学を希望する若者たちは中学卒業とともに一度は島を離れることになる。別れと再会を予感しながら、学校生活や豊かな自然で戯れる放課後、思春期の本音が漏れる会話を通して、多感な十代の日々が映し出されていく。そして、失われつつある島の言葉や伝統文化がゆっくりと若い世代へと受け継がれる様子が描かれる。緩やかで郷愁溢れる国境の島の記録。
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■上映情報

沖縄本土復帰50周年記念上映
「国境の島にいきる」

『ばちらぬん』『ヨナグニ〜旅立ちの日〜』
主催:ムーリンプロダクション(木林電影)

・東京
新宿K's Cinema 5/7(土)〜
UPLINK 吉祥寺 5/7(土)〜
・千葉
キネマ旬報シアター 5/7(土)〜
・京都
UPLINK 京都 5/13(金)〜
・大阪
第七藝術劇場  5/14(土)〜
・沖縄
桜坂劇場 4/30(土)〜
ミュージックタウン音市場 5月下旬〜
よしもと南の島パニパニシネマ 5月下旬〜
・長野
長野相生座・ロキシー 7/1(金)〜7/14(木)
・名古屋
名古屋シネマテーク  近日公開予定


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