【47号 バルトの光を探して】
世界のサウナ様式
バルト三国編

自然や森と近い暮らしを送るバルト三国の人びと。
その暮らしと信仰はサウナにも反映されていると言います。
ここでは、そんなバルト三国でしか体験できないプリミティブなサウナの魅力をお伝えします。

photography & text = MIKI TOKAIRIN



●エストニアのサウナ=「サウン」

世界無形文化遺産に登録されたヴォル地方のスモークサウナ文化。昔ながらのサウナの慣習が残る一方で、スカイプを生み、e-Residencyを世界に先駆けてすすめるIT先進国らしい新しいサウナカルチャーが生まれ、スタイリッシュなサウナも多い。 20230222_T47_P98.99_7.jpg
スモークサウナのストーブ。ストーブの火が消えると、サウナに充満した煙をすべて外に出し、灰を取り出して、一度石に水をかけて石についたすすを落としてから扉を閉める。

エストニアでは、サウナの慣習が今も根強く人びとの生活のなかにある。その文化は、ロシアの影響を受けつつも、自宅にサウナを持つ人の割合の高さや、白樺のウィスクを自分自身で、または家族や友人とサウナの中で背中を叩きあってよく使われたりすることからも、サウナが日常の一部に定着しているフィンランドの文化により近いものがあるように見える。サウナ関連のイベントも多い。

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冬の間は、夏に乾燥させたウィスクを使う。水にしばらくひたすと青々しい香りが蘇る。ウィスクは冷凍することもある。

現在使われている薪や電気、ガスストーブサウナの原型ともいえるスモークサウナはエストニア各地に残っているが、とりわけ村全体でいまも使われているのが、ラトビアやロシアとの国境に近い南部のヴォル地方だ。昔ながらの生活と自然・祖先信仰としてのスモークサウナの慣習は、世界無形文化遺産にも登録されたほど。スモークサウナはもともと、エストニアの生活の中心にあったもので、家を建てるときには、敷地内にまずサウナが最初に建てられ、厳しい寒さから人びとを守っていた。

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スモークサウナのストーブには煙突がない。薪に火をつけて、ストーブの上におかれた大きな石を何時間もかけて温める。火をつけてしば らくすると、煙はきれいにサウナの上半分にだけ流れ始め、煙の境界線ができる。

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サウナの伝統と信仰は、それぞれの家で引き継がれてきた。

そこは家の中で一番神聖で清潔な所で、サウナの中で出産し、亡くなった人の身体を浄める場所でもあった。料理をしたり、収穫された農作物を乾燥させたり、病気の人がいればそこで治療が行われたりするなど、サウナは人が集まる場所だった。水や石、サウナは魂をもつと考えられ、挨拶や感謝を表す歌や呪文がサウナの中で唱えられることもある。


●ラトビアのサウナ=「ビルツ」

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サウナの合間にサウナマスターと一緒に池に入り、身体を浮かせてもらう施術もある。

夏至はバルト三国の人びとには特別な一日で、とりわけラトビアでは、火を囲み、花冠や草冠をかぶって、太陽の一番長い日を盛大に祝う。夏至の日の植物はもっとも生命力に溢れるといわれ、その日作ったウィスクにも、そのパ ワーが宿るという。そのため夏 至の日に入るサウナは特別で、祝福と喜びに満ちあふれたものになる。

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人生の節目にサウナがある。子どもの誕生と結婚のときに特別なサウナに入る。

ラトビアの人びとの自然観は、サウナにも反映されている。ラトビアのサウナトリートメントは、テクニカルなウィスキングよりも、植物と一緒に人のエネルギーを整えていくような、よりプリミティブな体験のものが多い。

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サウナルームの床と壁、天井にさまざまな木の枝葉が敷きつめられている。焚き火で熱した石を運び入れてそこに水をかけると、蒸気で森の香りがひろがる、森林浴サウナ。

ウィスキングとは、ウィスクをサウナストーブの上の石に水をかけて発生させた蒸気で温め、それで身体を叩いたりなでたりマッサージすることで、血行を促進し、肌の保湿効果を高めるもの。なにより、植物が直接身体に触れることで、触覚と嗅覚に直接働きかけるリラックス効果が大きい。蒸気をあてられた森の植物は、さらにその生命力が増すかのように力強くなり、香りも高まる。四季折々の草花をふんだんに使うラトビアのサウナトリートメントのなかでも、とくに夏のトリートメントでは、森や草原に自生する何十種類もの草花が敷きつめられたサウナのベンチに寝転がってウィスキングを受ける。

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何種類もの木の枝葉を使ってウィスクをつくる。

サウナトリートメントでは、ウィスキングを中心に、塩やハ チミツ、水、果物を使ったスクラブやマッサージが行われ、サウナマスター (リトアニアを参照。ちなみにラトビアのサウナマスターは国内で専門的な職業として確立されていて、サウナマスターになるための学校も)は、サウナとあらゆる植物の力を使って施術を行う。自然と植物の力を最大限に利用したものが、ラトビアのサウナの特徴なのだ。


●リトアニアのサウナ=「ピルティス」

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池の前にあるスモークサウナ(右側)。

バルト三国やロシアのサウナカルチャーに特徴的なのは、サウナマスターと呼ばれる人びとがいることだ。 サウナマスターは、サウナのコンディ ションを整え、ウィスキングなどのト リートメントを行い、サウナの合間の休憩時間に食べるサウナフードを考えたりと、サウナ体験をトータルコーディネートする人。リトアニアのピルティスとウィスキングには、必ずサウナストーブに水をかけて発生させた蒸気が必要なことから、サウナマスターはスチームマスターとも呼ばれている。 20230222_T47_P98.99_0.jpg
サウナマスターは、さまざまな触感と香りのウィスクを使いわける。生命力溢れる草木の香りがサウナルームの中に広がる。

リトアニアのサウナは伝統文化と深く結びついていて、たとえば、彼らの文化のなかで特別な意味をもつミ ツバチやヘビは、サウナとも縁が深い。ハチミツはとくに大切にされ、サウナの中でもよく使われるし、スモークサウナには、ヘビが聖なる生き物として棲みついているといわれることもある。また、神聖な木といわれるオークは、リトアニアのウィスキングにはもっとも欠かせないもの だ。

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村人が共同で管理している100年を超すスモークサウナの更衣室。週に一度、土曜日の午後にサウナが温められる。

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サウナの合間に、お茶を飲みながら休憩する。サウナフードとして、ハチミツやグレープフルーツ、トマト、キュウリのピクルス、ベーコンなどがよく食べられる。

サウナマスターたちはウィスキングの技術面の開発と習得(サウナマスターを養成するバスアカデミーもある)にも力を入れていて、さまざまなテクニックが駆使される。それは、ロシアのウィスキングに近いところがあるものの、ロシアのサウナマスターはほぼ男性で、短時間で力強くウィスキングが行われることが多いのに比べて、リトアニアには女性のサウナマスターも多く、時間をかけてリズムや抑揚をつけた、よりバリエーションのあるウィスキングが行われている。

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ピラミッド型のサウナ。中にはサウナルームと休憩ルームがある。




再び注目されるスモークサウナ。森を感じる究極のサウナ。進化しつづけるウィスキング。バルト三国の愛しのサウナのつづきはこちらから。 20230222_T47_00.jpg

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