#NIPPONの国立公園
大山隠岐国立公園(後編)
火山の土地で暮らす人びとの知恵

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赤ハゲ山の山頂を自由に動き回る牛たち。標高はそこまで高くないが、山頂には木がほとんど生えていない。

島根県の北方に浮かぶ隠岐諸島。複雑な成り立ちの末にできた島々には、今でも大陸の名残や火山が噴火した痕跡をありありと感じることができます。火山、海、風、そして生きものたちが作り上げた、島の風景。ここでは、そんな大山隠岐国立公園を巡った旅を、前編「火山の鼓動が刻まれた島」、後編「火山の土地で暮らす人びとの知恵」に分けてお届けします。


「大山隠岐国立公園(前編)/火山の鼓動が刻まれた島」はこちら

photography= MINA SOMA
text= YUE MOROZUMI(TRANSIT)
cooperation= OKI ISLANDS UNESCO GLOBAL GEOPARK



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牧畑の名残である石垣。石垣を境に、牛や異なる作物を育てていた。

「もう少し私たちのことも見てよ!」そう彼らに言いたくなるほど、知夫里島の牛たちは道の上にどかりと座っていて、一瞬こちらを見たと思ったらもう興味をなくしたようにあたりの草を食はんでいる。隠岐4島のなかでもっとも小さい知夫里島は、600人ほどの人口に対し、牛は600頭、タヌキは2000匹も棲んでいるという、生きものたちが悠々自適に過ごす島だ。そんな知夫里島で一番高い赤ハゲ山からの景色を見たくて、その山頂を目指して車を走らせていた。

島の中を軽快に走っていると、生い茂っていたあたりの木々は、しだいに灰色がかった低木に移り変わる。そしていよいよ背の高い植物を見なくなったと思ったら目の前が急に開けて、あたり一面荒涼とした草原が広がっていた。訪れた日はまだ冬の面影が残る季節。だが、きっと夏には青々として爽やかな大草原が広がっているのだろうと想像し、また季節を改めて訪れなくては、と決心する。そんなことを考えている間にも車は進み、しだいにところどころ草が地面ごと削がれ、赤い地層が剝き出しになっている場所が見られることに気づいた。頂上が近づいているようだ。

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西ノ島・焼たく火ひ山にある、海上安全を司る焼火神社。本殿の一部が洞窟に入り込んだような不思議な構造。

そして山を登るにつれ、ますます黒々とした牛や毛並みのよい馬の姿が多くなってきた。聞くと、知夫里島では昔から牛馬の放牧が盛んに行われているのだそう。そういえば島前では、赤ハゲ山のように、山頂が草原地帯になっている場所がみられるが、これらも放牧が影響しているのだという。かつて、平地の少ない島前では、少ない土地を効率的に活用するために、麦、豆類、アワやヒエの栽培、そして牛馬の放牧という4期間を繰り返す「牧畑」という農法が行われていた。

カルデラの外輪山にあたる島前は、急峻な地形の影響で地表の土や養分がすぐに雨で流されてしまい、田んぼや畑を作るのが難しかったのだという。そのため、人びとは土を定期的に回復させ、少ない栄養分でも効率的に農業ができる仕組みをつくり出した。その結果、放牧した牛馬が新しい植物の芽を食んでしまうので、木々がなかなか育たなくなったのだという。赤ハゲ山の山頂に広がる草原は、火山のつくり出した地質や地形、そしてそれに適応する人間や生きものたちが生み出した風景なのだと知った。

山頂から港へ戻る途中、道脇の低い木々の間から馬が現れた。艶やかな毛並みをもったその馬は、自由に、のびやかに、開けた野山を駆け巡っている。走るたびに、黄金色のたてがみがやわらかに風になびく。その姿は、広々とした草原のなかでひときわ生命力に溢れ、輝いているように見えた。そのあまりの美しさに、心臓がどきどきと高鳴るのを感じた。


燃えるような赤に染まった岩璧。


陽が傾きはじめた夕刻、ガイドさんの知り合いの男性が、船を出してくれるという。陸地から見る景観もいいが、海から眺める風景は陸よりも迫力があって格別なのだそうだ。しかも、「今日は晴れてるから、いい景色が見られはずだよ」とのこと。もちろん乗船一択である。陽のあるうちにと、船はすぐに港を出発した。穏やかな内海を抜け、カルデラの外側へと航行していく。進むほどに島のディティールは荒々しさを増し、切り立った崖が連なっていた。沈む夕陽と、ピンク色に染まる海の美しさに見惚れていたそのとき、突然、それは現れた。

エネルギーに満ちた鮮やかな赤い色をした、ごつごつと力強い断崖絶壁。知夫里島の西側に位置する赤壁だ。噴火の際、空気に触れて酸化した火山噴出物が堆積してできた赤い地層が、日本海の浸食によって削りとられ剥き出しになったものだという。その赤は夕陽に照らされてさらに深い色に染まり、燃えたぎる炎のようだ。そのあまりの雄大さに言葉を失い、ただただ目の前の巨大な壁を眺めていた。よく見ると、地層のなかにマグマの胎動を感じるようなうねりを描く部分もある。

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通天橋のある国賀海岸は、約7kmにわたって海食崖や海食洞がつづいている。

「この赤壁や通天橋をかたち作った要因にもなっていますが、隠岐はとくに冬の波風が強いので、島後にあるローソク島などの景勝地もあと数十年で崩壊してしまうのでは、ともいわれています。貴重な観光資源でもあるので、岩の根元をコンクリートなどで保護しよう、という意見もありますが、それは自然を守ることとは少し違う気がするのです。今の地形がなくなったら、また新しい何かが生まれる。変わりゆくことも、地球の営みなのだと思います」。ジオパーク推進機構の職員さんが、そう話していたのを思い出す。

過去の大地の歴史に思いを馳せてばかりいたが、地球は今このときも動き、変わり、脈々と営みはつづいている。眼前に広がる、夕陽を浴びた赤壁を見た。その赤くうねる壁面は、まるで島中にはりめぐらされた血管のように、どくんと脈打っているようだった。

「大山隠岐国立公園(前編)/火山の鼓動が刻まれた島」はこちら

本記事はTRANSIT56号より再編集してお届けしました。

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