#Creator's Trip
移民とバカンス/vol.2 パラレルな世界
イタリア最南端・ランペドゥーサ島 by 菱田雄介

写真家、映像ディレクターとして、歴史とその傍らにある生活をテーマに世界中を撮影している菱田雄介さん。
2023年9月に菱田さんはイタリアのランペドゥーサ島へ向かった。
ヨーロッパ大陸を目指す難民の玄関口として報道されることが多いその島で彼が見てきたものとは。

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>>「移民とバカンス/vol.1 その島を目指すものたち イタリア最南端・ランペドゥーサ島 by 菱田雄介」

text & photography =YUSUKE HISHIDA



『海は燃えている・イタリア最南端の小さな島』(2016)という映画がある。ランペドゥーサ島で暮らす少年の日常と、アフリカから命懸けで海を渡ってくる移民たちの姿を追ったドキュメンタリー作品だ。細かい説明はなく大きなドラマも生まれない映画で、当時はピンと来なかったのだが、今はよくわかる。ジャンフランコ・ロージ監督が主題としたのは、同じ島で同時に起こっている「パラレルな現実」だ。島で営まれる平凡な暮らしのすぐ横に、命懸けの移民船がある。その両者が交わることはなく、日々は淡々と過ぎていく。

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実はこの映画が日本で公開される直前、僕は配給会社から映画を広く知ってもらうためにはどうすべきか?という相談を受けたことがあった。当時のメールを見返してみると、「この映画の価値は"難民"という存在をわかりやすく消費するのではなく、もう一歩引いたところから見ていることではないか......」と返信しているが、確かに映画が撮影され、公開された当時はそんな状態だったのだと思う。

島の中心地「ローマ通り」の突き当たりは高台になっていて、観光船と移民を乗せた船が交錯する港を見下ろすことができる。鉄柵に腰掛け、港を眺めている青年がいた。「もしかしたら......」と思って近づいてみる。彼は親子連れの猫をぼんやりと見つめていたので、「かわいいですね」と話しかけ、猫の写真を撮った。そうして言葉を交わすことができた彼はやはり、あのホットスポットを抜け出した移民の一人だった。腕には識別証を付けられ、首からも番号のついたカードを下げている。待遇に不満を感じて逃げ出したが、外の世界で食べるものもなく、明日までにホットスポットに戻らなくてはいけないという。

2日前にカメルーンから友人と一緒にボートでやって来たという彼は20代後半に見えたが、年齢は19歳だという。「カメルーンといえば、サッカーが強いことで有名だけど、そんなに危険なのか?」と僕。「たくさんの暴力があり、仕事もない。国を出なければ未来がない」と彼は言う。後に調べたところ、カメルーン国内ではフランス語圏と英語圏で対立があり、国境地帯では武装集団による暴力も横行しているという。20年前のW杯で話題になった頃とはだいぶ変わってしまったようだ。

後ろ姿だったら写真を撮っても良いということだったので、海を見ていたその姿を撮らせてもらった。連絡先を渡したけれど、今のところ連絡はない。

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崩れゆくborder /パラレルな世界が交わるとき


移民たちが押し寄せるあの埠頭で、僕はイタリアのラジオ局の記者からインタビューを受けた。「この問題は日本ではどう報じられているのか?」「あまり報じられていないので来ました」というやりとりにつづいて「ランペドゥーサ島を実際に見てどう感じたか?」と聞かれ、僕は「島の人々と移民たちがパラレルに存在していると思ってきたが、その境界線が崩れているように感じる」と答えた。

2023年のランペドゥーサ島では、島の住民と移民たちは、ジャンフランコ・ロージ監督が描いたように「パラレル」な存在ではいられなくなっているように感じる。移民たちはホットスポットの鉄格子を乗り越え、島の人びともその存在に無関心でいられなくなっている。欧州全体を揺るがす移民問題の発火点となり、首相とEU議長が連れ立ってやってくる事態になっているのだ。

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夜、テレビを点けるとランペドゥーサ視察を終えたメローニ首相が生出演し、移民問題について語っていた(テロップをGoogle翻訳して解読)。話している内容はイタリア語なのでわからないが、同じ日に行った会見でメローニ首相は「ここで危機に瀕しているのは"欧州の未来"だ」と語ったという。イタリアにやってくる移民を、ドイツなどの欧州各国が受け入れるべきだという主張だが、すでにドイツは100万人ものシリア難民を受け入れている。各国で右派政党が勢力を伸ばしており、これ以上の移民受け入れは極めて難しい情勢だ。

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ランペドゥーサ元市長のジウシ・ニッコーリさんは、メローニ首相の訪問を「無意味だ」とボヤきながら約束のカフェに現れた。2012年から17年まで市長を務めていた彼女は、13年にランペドゥーサ島で360人以上が死亡した海難事故などの対応にあたり、EUに法整備を要請。2017年にユネスコの平和賞を受賞した。一貫して移民の保護を訴えてきた彼女はしかし、「移民はもう沢山だ」と主張するランペドゥーサの漁業組合長だった候補者に敗れた。

「イタリアの政治家は、この島を利用しています。先週、この島には1万1000人の移民が到着しました。この島にとっては非常に大きな数ですが、イタリア全体としては決して大きな数ではない。うまく振り分けるメカニズムさえあれば、問題は解決するんです。それなのに、移民は危険だと叫び、危機をあおっています」

市長退任後は、難民・移民保護のNGOで精力的に活動しているニッコーリさん。一方でいま、この島の政治は移民政策の厳格化を求めている。

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町の中心部にある広場には増えつづける移民に抗議する手書きの看板が並んでいるが、その前で現在の副市長、アッティリオ・ルチア氏がテレビのインタビューに答えていた。彼の姿はX(旧Twitter)でよく見かけた。イタリア国旗柄のタスキを付け「この島は観光と漁業で成り立っている。難民はいらない!我慢はもう限界だ!」と演説する映像は、130万回以上再生されている。発信力の強いルチア副市長の意見は、メディアを通じて広く拡散される。「移民」という現実に、人口6000人の島は分断されていく。

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命懸けの海の先にあったもの


ランペドゥーザ島からシチリア島を経由してフィレンツェに戻った僕は、友人に案内され、夜の公園の片隅で一人の青年と出会った。4年前にモロッコからランペドゥーサ島経由でイタリアにやって来たという彼はいま、この町でドラッグディーラーとして暮らしている。その商売柄、強面の人物かと想像していたが、膝丈のパンツにダウンを合わせ、肩からグッチの(友人曰くはフェイクの)サコッシュを掛けた、物静かな雰囲気を漂わせる青年だった。

公式な難民認定を受けられなかったため、住む場所も就く仕事もアンダーグラウンドに頼らざるを得ない。公的なサービスを受けることはできず、トラブルに巻き込まれて怪我をしたときも、医者に診てもらうこともできなかったという。命懸けで海を渡った先に待っていた、厳しい現実。それでも彼は、「ここに来られて嬉しい」と話していた。

いま欧州は、2015年以来となる移民の流入に、高い壁を築こうとしている。アフリカや中東で苦しみ、わずかな希望をもって旅に出た人々は、「移民」という言葉にまとめられて社会の片隅においやられる。その壁はこれから、さらに高くなるだろう。だから彼らは一日でも早くと、ヨーロッパを目指す。ランペドゥーサ島には今日も移民が辿り着くが、それを優しく受け止める余裕は、もはやイタリアにも欧州にもない。

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PROFILE
菱田雄介(ひしだ・ゆうすけ)●写真家・映像ディレクター。歴史が動く場所や境界をテーマにドキュメンタリー写真を撮りつづける。近著に、東日本大震災、原発事故後の東北に通いつづけた10年の記録をまとめた『2011年123月 3.11瓦礫の中の闘い』(彩流社)、ほか韓国と北朝鮮を対比させて構成した写真集『border | korea』(リブロアルテ)などがある。
HP:https://www.yusukehishida.com/

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