食べ物にも国民性が出る?
インドネシア、マレーシア、シンガポール
『似て非なる料理の世界』番外編

赤道周辺に位置し、地理的にも気候的にも似通ったところの多いインドネシア、マレーシア、シンガポールの3国。しかし、それぞれの言語や民族が少しずつ異なるように、料理もまた似て非なるものばかり。そんな3国に広がる料理の違いを本誌では一覧で紹介しています。

本誌の制作にご協力いただいたのは、アジア地域のごはんを比較、研究するユニット「アジアごはんズ」のメンバー。今回は、本誌に載せきれなかった各国の料理の特徴や、それぞれの国民性が見え隠れするようなこぼれ話をお届けします。

【インドネシア担当】
淺野曜子さん⚫︎インドネシア在住歴11年のインドネシア料理研究家。バリでワルン(食堂)を経営するほか、番組コーディネーターとしても引っ張りだこ。

【マレーシア担当】
古川音さん⚫︎マレーシア在住歴4年のライター、エディター。著書『マレーシア地元で愛される名物食堂』ほか、現地の食文化を伝える活動も積極的に行う。

【シンガポール担当】
伊能すみ子さん⚫︎シンガポール愛好家歴25年で、シンガポール料理にかける愛と熱量は現地在住者を凌ぐほど。日本の飲食店番組コーディネートから現地の食文化記事の執筆までこなす。



−TRANSIT(以下 T):ルンダンやサテ、チキンライス(ナシ・アヤム)など、共通の料理も多い3国ですが、強いて言うならそれぞれどんな特徴がありますか?

−淺野: 調味料のサンバルにもみられるように、インドネシアはマレーシアやシンガポールに比べて生のハーブを使う料理が圧倒的に多いです。唐辛子やレモングラス、ショウガ科のクンチュールやガランガルなどを毎日石臼ですりつぶすところから料理が始まります。石臼はどこの家にもありますし、旅行の際に石臼を持ち歩く人もいますよ(笑)

とくにハーブは仏教遺跡のボロブドゥールのレリーフにも描かれているほど重要。また、生薬として古代から重宝されてきたジャムウはユネスコの無形文化遺産に登録されました。

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©︎prilfish

一方でマレー半島に近いスマトラ島は最初にインド、アラブの影響を受けたので、マレーシアやシンガポール同様に乾燥スパイスを用いた料理が多いです。パダン料理はその象徴で、3国に共通するルンダンもパダン料理の一つです。

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パダン料理を代表するビーフ・ルンダン。牛肉をココナッツミルクとスパイスで6時間ほど煮込む。 ©︎shutter stock

−古川: マレーシア料理とインドネシア料理の大きな違いは、辛味を出すときに用いるものが生唐辛子か乾燥唐辛子か、というところにあると思います。マレーシアではどちらも使いますが、調理のベースには乾燥スパイスを用いることが多く、和食でいうならかつおダシといりこダシのように、微妙な違いを生んでいます。また、マレーシアでは基本的に乾いたスパイスをよく使います。ちなみに唐辛子調味料の呼び名がマレー系の料理だとサンバル、チキンライスなど中国系の料理だとチリソースと、料理によって変わるのもおもしろいところです。

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©︎Dennis Tang

−伊能: 中国の影響がみられるシンガポールは基本的にジャン(醬)文化。黒胡椒やチリペーストなど、さまざまなスパイスやハーブを用いたジャンがあります。なかでもブラック・ペッパー・ジャンを用いたブラック・ペッパー・クラブ(カニの胡椒炒め)はその代表格です。

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©︎Alan Levine

−T:それぞれの国民食といえば?

−淺野: パダン料理の一つであるルンダンはもはや国民食ですね。スマトラ発祥のパダン料理は今やインドネシアのどんな田舎に行っても食べられます。乾燥スパイスを多用するので保存の利く料理が多く、24時間営業の店も多いので、さまざまな地域へ出稼ぎに行く労働者にも重宝されています。

ルンダンなどのパダン料理を一度に楽しむなら、本誌P92でも紹介している「ナシ・パダン」がおすすめです。

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ジャカルタにあるパダン料理店〈ルマ・マカン・シナール・ミナン〉。おかずの並ぶショーケースがパダン料理店の目印。 ©︎YOKO ASANO

また、ほかの地域では禁忌である豚肉も、バリ島ではメインディッシュ。なかでもバビ・グリン(豚の丸焼き)はバリ島のソウルフードです。スラウェシ島ではチョト・マカッサルという臓物入りのスープがおすすめですし、島ごとにまったく異なる名物があるのもインドネシアならではですね。

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©︎t-bet

−古川: マレーシアの国民食といえばナシ・レマ。ココナッツミルクで炊いたごはんにサンバルを合わせたもので、からあげや魚、カレーなどそれぞれが好きなものを合わせて食べます。

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バナナの葉で包まれた三角型のナシ・レマ。ご飯とサンバルに、ゆで卵付のシンプル版 ©︎OTO FURUKAWA

また、屋台や食堂などの外食はマレーシアの食に欠かせない文化の一つ。家族で行く屋台が決まっていて、その屋台の味が家族の思い出になるということもしばしばです。熟練の料理人を信頼する傾向にあるので、長くやっていそうな料理人の屋台に並びがち(笑)

屋台もそうですが、マレーシアには厨房や料理そのものをオープンにすることで信頼を得る、「見せる文化」が根付いています。

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ペナンにあるナシカンダー(ワンプレートごはん)の名店〈ハミディヤ〉の店内。料理を見せることで客の食欲をかきたてる。 ©︎OTO FURUKAWA

−伊能: シンガポールの国民食はなんと言っても海南チキンライス。茹でた鶏肉とその茹で汁で炊いたごはんを合わせたもので、中国黒醤油、生姜ソース、チリソースをかけて食べます。 100以上の屋台がひしめく集合施設・ホーカーセンターにも必ず店舗が入っているほど国民に愛されています。
丸鶏を茹でるので、現地では自分の好みの部位を指定して注文する人もいます。店頭に丸鶏がたくさん吊るされている店が人気の目印になりますよ。切り終わった骨を吊るす店もあるほどです。

また、ブラック・ペッパー・ジャンを効かせたブラック・ペッパー・クラブはローカルに大人気。ちなみにチリソースを用いたチリ・クラブは観光客向けで、国民の支持が厚いのがブラック・ペッパー・クラブです。 ラクサ、バクテー、フライド・ホッケン・ミーやフィッシュヘッド・カレーなど、狭い地域に多様な民族が暮らすので、さまざまなソウル・フードが密集しています。

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丸鶏が吊るされたホーカーセンター内のチキンライス店 ©︎SUMIKO INO

−T: 国民性が出ているとごはんのシーンから感じる点はありますか?

−淺野: インドネシア人にとってサンバルは重要。とにかく辛いのが大好きなので、マレーシアやシンガポールを訪れた際は、持参したサンバルで辛味マシマシにしている人もいます(笑)

サンバルは数百種ともいわれ、サンバルの味=店の味になることも。料理の質はもとより、そこにどんなサンバルを合わせるかが腕の見せどころなのです。

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©︎TEP Photography

−古川: マレーシアはマレー半島、中国、インドなど、さまざまな地域にルーツをもつ人が多いので、ひと言で括ることのできないおもしろさがあります。ペナン、マラッカ、ボルネオなど地域によっても違いますし、むしろ共通化されるのを嫌うというか......他との違いを発見し、それを楽しみ、自分たちの故郷の味が一番、と各地域のみなさんが思っているように感じます。

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©︎Mohd Fazlin Mohd Effendy Ooi

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©︎Khalzuri Yazid

−伊能: ローカルが集まるホーカーセンターには、インド系、マレー系、中華系の料理がバランスよく揃っています。また、リトル・インディアに行っても中華系の料理はあるし、その逆もあります。

シンガポールの公営団地は、中国系、インド系、マレー系すべての民族が均等に入居しています。それはすべての国民が平等で、異なる宗教であっても互いに共存を認め合うという意識が国民のなかにもあるから。コンパクトだからこそのまとまりやすさや共通意識が生まれやすいのかもしれません。そんな一面がごはんの場にも現れています。

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©︎Ken

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ホーカーセンター内にあるエコノミーライスの店。食べたいものを少しずつ取っていくスタイル。 ©︎SUMIKO INO

アジア旅の大きな楽しみの一つであるごはん。それぞれの特徴やそれらが生まれた背景を知れば、味わいも一層深くなりますね。



TRANSIT本誌では、このほかにもインドネシア、マレーシア、シンガポールのダイナミックな建築を紹介しています。建築以外のカルチャーや、民族や宗教についてもたっぷり紹介。3国の歴史やお祭りカレンダー、マレーシア・インドネシアの隣国ブルネイ・ダルサラームのひみつまで、エネルギッシュな東南アジアの魅力をたっぷり詰め込んだ1冊となっています。3国の溢れるエネルギーに圧倒されること間違いなし!

ぜひチェックしてみてください。

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