旅と本と映画
ジョージアを知る5作
児島康宏選

本や映画で世界を旅しよう。

そのエリアに造詣の深い方々を案内人とし、作品を教えていただく連載の第11回。

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ロシアとトルコに囲まれた、南コーカサス地方の一国、ジョージア。自然が豊かで、旅好き、ワイン好きのネクスト・デスティネーションとしても注目される同国について理解を深めるための作品を、首都トビリシ在住の翻訳家、児島康宏さんに選んでいただきました。



ジョージアを知る本と映画

text= YASUHIRO KOJIMA




『懺悔』

テンギズ・アブラゼ監督

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© Georgia-Film, 1984 協力:ザジフィルムズ

 ジョージアは知る人ぞ知る映画大国で、ソ連時代から数多くの傑作を生み出してきた。その一つが、ソ連の恐怖政治を告発するテンギズ・アブラゼ監督の『懺悔』だ。1984年に完成してからいったんは上映を禁じられたものの、数年をへて公開されるとソ連中で大反響を巻き起こし、当時の改革の気運を象徴する映画となった。

 元市長の死体が何度も掘り返される事件が起こり、犯人の女性の裁判が行なわれる。女性は元市長に両親を奪われた過去を語る。真実を知った元市長の孫は......。

「教会へ通じない道が何の役に立つのか?」という最後の言葉が印象に残る。元市長とその息子を一人二役で演じる主演アフタンディル・マハラゼの鬼気迫る演技も必見。

 テンギズ・アブラゼ監督は他にも『マグダナのロバ』(1955年、レヴァズ・チヘイゼと共同監督)、『祈り』(1967年)、『希望の樹』(1976年)などジョージア映画史に輝く作品を残した。

『ピロスマニ』

ギオルギ・シェンゲラヤ監督

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 ジョージアといえばピロスマニの絵を思いうかべる方も少なくないだろう。ピロスマニ(ニコロズ・ピロスマナシヴィリ、1862〜1918年)はジョージアの人びとの暮らしや風景、動物などを描いた国民的画家で、独特の画風は一度見れば忘れがたい印象を残す。そのピロスマニの生涯をまるで一篇の美しい詩のように語るのがギオルギ・シェンゲラヤ監督の映画『ピロスマニ』(1969年)だ。

 幼くして両親をなくし、裕福な家に引き取られたピロスマニは、独立して友人とともに乳製品の店を開く。しかし、やがて店をたたみ、居酒屋の壁や看板に絵を描いては町をわたり歩くようになる。若い前衛芸術家に見出されて一時は脚光を浴びるも、すぐに忘れ去られ、最後には無一文となってひっそりと世を去る。

 画家ピロスマニについては、画集『ニコ・ピロスマニ1862-1918』(文遊社)や、はらだたけひで氏の『放浪の画家 ニコ・ピロスマニ』(冨山房インターナショナル)、『放浪の聖画家 ピロスマニ』(集英社新書)などの本もどうぞ。 22070107.jpg


『豹皮の勇士』

ショタ・ルスタヴェリ著、大谷深訳(絶版)
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 長い歴史をもつジョージア文学を語る上でどうしても外せないのが『豹皮の勇士』だ。中世ジョージア王国がもっとも栄えていた1200年ごろに書かれた長大な叙事詩で、作者は詩人ショタ・ルスタヴェリ。アラブの将軍アフタンディルが「豹皮の勇士」ことインドの王子タリエルのために、さらわれた王女ネスタン・ダレジャンを捜し、最後には力を合わせて救いだすという友情や愛を讃える物語だ。このなかの数多くの詩句が今もことわざのように用いられたりする。

 幸いなことに日本語で読める。すでに絶版だが大谷深訳『豹皮の勇士』(DAI工房)と袋一平訳『虎皮の騎士』(理論社)があり、どちらもロシア語からの重訳。大谷訳は原文に忠実な「逐語訳」をうたっており、四行連を一段落とした散文で訳してあるのに対し、袋訳は一行ごとに詩として訳してある。より味わい深く読めるのはおそらく後者だが、原文と較べた場合の正確さでは前者に分がある。一読すればジョージアの理解が大いに深まるだろう。


『祈り―ヴァジャ・プシャヴェラ作品集』

ヴァジャ・プシャヴェラ著、児島康宏訳(冨山房インターナショナル)

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 とはいえ『豹皮の勇士』は800年以上前の作品なので、さすがに現代人の感覚では理解しづらい部分が多々ある。そこで、もう少し今の時代に近いジョージア文学として紹介したいのがこの『祈り―ヴァジャ・プシャヴェラ作品集』だ。

 ヴァジャ・プシャヴェラ(1861〜1915年)はジョージア東北部の山岳地域に生まれ、辺境の村で作品を書きつづけた。ショタ・ルスタヴェリ以降もっとも偉大なジョージアの詩人・作家といっても誰からも異論は出ないだろう。作品集には代表作の叙事詩と散文の短篇が三篇ずつ収録されている。

 ジョージアは日本以上に山がちな国で、5000mを超える大コーカサス山脈の山々がそびえる。叙事詩はそんな山々の合間に暮らしながら異民族との戦いに明けくれる誇り高い人びとの生きざまを描いており、ジョージアの山の民俗世界を垣間見ることができる。

 はじめに紹介した『懺悔』のテンギズ・アブラゼ監督は、作品集に所収の叙事詩「アルダ・ケテラウリ」と「客と主人」を原作として映画『祈り』を製作した。また、同じく所収の短篇「仔鹿の物語」は哀れな幼い仔鹿が語る話で、画家ピロスマニも読んで涙を流したという。


『僕とおばあさんとイリコとイラリオン』

ノダル・ドゥンバゼ著、児島康宏訳(未知谷)

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 まずためしにジョージア文学を一冊読んでみたいけれど、ヴァジャ・プシャヴェラ作品集もなかなかとっつきにくいという向きには、もっと気軽に読める作品として『僕とおばあさんとイリコとイラリオン』がおすすめできる(重ねて拙訳を紹介するのは気が引けるのですが、そもそもジョージアの文学作品の邦訳がきわめて限られているのでご容赦を)。

 ジョージア西部の村に住む少年ズラブが、おばあさんや、口は悪いが心優しいおじさんたち(イリコとイラリオン)に温かく見守られながら成長していく物語で、著者ノダル・ドゥンバゼ(1928〜1984年)の半自伝的作品となっている。ジョージアの人びとの陽気さと愛情の深さを素朴なユーモアとともに味わっていただきたい。

 ノダル・ドゥンバゼ作品の邦訳には、ロシア語から重訳された『太陽が見える』(喜田美樹訳、佑学社)と『母さん、心配しないで』(北畑静子訳、理論社)がある。拙訳『20世紀ジョージア短篇集』(未知谷)に収録した短篇「HELLADOS」「ハザルラ」もあわせてどうぞ。



児島康宏(こじま・やすひろ)●トビリシ在住。コーカサス言語の研究と、ジョージアの文学・映画の翻訳家。東京外国語大学非常勤講師。

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