【58号 フィンランド特集】
幸福の国フィンランドの秘密!
#社会保障編 ユートピアの最終形態?

公平で透明性が高い国家運営によって、手厚い公的サービスが充実しているフィンランド。これぞ現代社会のユートピアの最終形態? いやいやまだ進化中......⁉︎ TRANSIT58号では、一つのマンションに暮らす架空の住民たちを設定。人生のあらゆるフェーズに寄り添うフィンランドの社会保障を見つめてみました。

text= TRANSIT supervisor= MIKAKO IWATAKE illustration= ZUCK



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●住民その1:失業しても人間らしい文化的生活を。

エルッキさん(35)│元スマートフォン販売員

会社の業績悪化で4カ月前に失業しちゃった。だけど失業手当が最低でも300日受給できるから悲観はしてないよ。住宅保護手当なども同時に受給できるから今の賃貸の家を出る必要もないし、就業訓練手当てをもらって次のキャリアのためにプログラミングの職業学校に通っているんだ。 221216_フィンランド 社会保障⑦.jpg

●住民その2:育児休暇は両親とも取得。

アーッポさん(32)│幼稚園の先生、レーッタさん(34)│不動産会社勤務、リーナちゃん(5カ月)

2022年8月に法律が改正されて両親どちらも160日ずつ取得できるようになったんだ。相手に63日まで譲れるから、妻から僕が数週間もらうつもり。雇用先は労働者の育休期間中の臨時雇用の補助金を国からもらえるし、取得を推進してくれる。2020年には父親の75%が休暇を取得したって。

●住民その3:初めての出産も国の支援で不安が軽減。

ミルカさん(27)│IT会社勤務

妊娠がわかってから、ネウボラという無料の定期検診に通っている。母とも疎遠で身近に相談できる人がいな いけど、担当の保健師さんが定期的に状況の確認やアドバイスをくれて安心。昨日はついに乳児アイテム一式が入っているベイビーボックス(写真)が国から届いたよ。全部買い揃えるのは経済的に厳しいからありがたい。デザインも可愛くて嬉しいな。 221216_フィンランド 社会保障②.jpg
Jari Riihimäki © Kela


●住民その4:家を失う心配はほぼなし。

ノエルさん(26)│図書館司書、オラヴィさん(29)│AI分野の博士課程

僕らは所得が高いわけじゃないけれど、先日この部屋を購入したんだ。30歳以下を対象にした住居取得の公的サポートが充実していて、ローンの計画や物件探しの相談ができたよ。さらに家賃、水道費や暖房代など最大80%を補助する手当もあるから、家を所有するハードルが低いんだ。

●住民その5:低所得者も休暇はエンジョイ!

テレッサさん(39)│飲食店勤務、アルトくん(10)、ヴィルホくん(7)

子どもたちが通う学校では夏休みが2カ月半、秋休みとスキー休みが1週間ずつある。サマーハウスを所有したり海外旅行はできないけれど、私も有給をとって、たまに郊外に子どもを連れていく。自治体や市民組織が、一定所得以下の世帯向けに、無料のコテージ滞在を提供してくれるから。 20230117©Milla Rasila _ Visit Finland.jpg
© Milla Rasila / Visit Finland
職場が頻繁に変わる短期雇用者でも、前職の年次休暇が次の職に移行できるようにする制度も検討されている。


●住民その6:家族の介護でお金がもらえる。

エエトゥさん(45)│消費財メーカー勤務、エルヤさん(79)│元市役所勤務

高齢の母に介護が必要になってね。プロの介護士がいる老人ホームに入る人も多いけど、僕が面倒をみることに決めた。そのために仕事は時短にしたよ。介護の労務に見合った手当が支給されるから、金銭的な影響は少ないし、身内の介護も労働だと社会から認められているようで頑張れる。

●住民その7:本だけじゃない、無料の公共図書館の文化リソース。

エッリさん(37)│ギャラリー勤務、アーティスト

私も周囲の人も、公共図書館は日常的に使用する。本を借りることはもちろん、楽器や最新機器のゲーム、3Dプリンターやミシンなどあらゆるものが無料で利用できる。私は本業の合間に写真を撮ったり絵を描いたりしているから、それらを高品質でプリントする機械を使うことが多いかな。 221216_フィンランド 社会保障④.jpg
ヘルシンキに2018年にできた図書館Oodiで創作活動を行う市民。



●住民その8:老後に2000万円は要りません。

ヘイニさん(67)│元美容師、ヘンリックさん(68)│元庭師

私も夫も好きなことを仕事にして個人事業主だったけど、職業別の組合に加入していたから、引退した後は年金を受け取って、日々の生活とたまの余暇を過ごしているよ。足腰が弱ってきたから、自治体のバリアフリー工事の支援を受けるつもり。疾病手当などもあるから、老後の心配はあまりないな。 221216_フィンランド 社会保障⑧.jpg



幸福のゆえんは、社会保障にあり?

手厚い社会保障や行政サービスが国民に提供されているフィンランド。政治の腐敗がなく、透明性の高い行政運営が行われていることで、限られた財源を効率的に活用し、人生のあらゆるフェーズを国がサポートする仕組みが構築されている。
諸制度の根幹には「平等」と「ウェルビーイング」に重きを置く価値観が流れている。フィンランドでとらえられている平等は、どちらかといえば機会の平等ではなく結果の平等だ。失業、子育て、病気、介護......など、経済的・社会的に弱い立場に立たざるを得ない人びとも、そうではない人と同様に豊かな生活を得る権利があると考えているのだ。また、心身ともに健康に過ごすことも重視していることもあり、生活保護にあたる制度においても、受給者が最低限の余暇や趣味を過ごせるように金額を設定。苦境に陥っても、最低限の暮らしは国が保障してくれるこの国で、人びとは生活への不安を過度にもつことなく、人として享受するべき当たり前の暮らしを営んでいるのだ。
老後に2000万円が必要といわれる国の市民からするとまるでユートピアのようだが、フィンランドは現状の制度もまだ十分ではないと考えており、制度の在り方を模索中だ。たとえば2017年にはベーシックインカムの社会実験を実践。ランダムに選ばれた2000人の対象者の多くが、生活への満足度が上がったという結果が出た。この福祉先進国が今後どのような制度設計をしていくのか、世界中が注視しているだろう。


個人の選択を尊重する国ながら、兵役は健在。

フィンランド社会の充実ぶりがわかったところで、もうひと掘り。最後に国民の義務についてもふれておきたい。
フィンランドの憲法には、「納税」と並んで「国防の義務」が明記されている。男性は18~29歳までに165~255日の兵役義務があり、兵役を終えると60歳まで予備役として登録され、有事の際に招集がかかる可能性がある。しかし、兵役を拒否する人には「市民サービスへの従事」という代理の選択肢も提供されている。ロシアによるウクライナ侵攻以来、国防意識が高まり軍事訓練に自主的に参加する市民が増加しているとか。安全あっての社会幸福。フィンランドならではの実情だ。 20230117©Harry Hykko _ shutterstock_.jpg
© Harry Hykko / shutterstock

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© Jukka Salo / shutterstock
毎年約2万2000人の新兵を受け入れるフィンランド国軍。志望すれば女性も兵役につくことができる。




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TRANSIT58号『春夏秋冬フィンランドに恋して』

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