モデル、コラージュアーティストとして活躍する花梨さん。
世界各地の風景や文化がアートワークのインスピレーションにもなるという旅好きの彼女が目指したのは、あこがれの地・モロッコ。旅のパートナーは、ロンドンに暮らす弟。
姉弟ふたりの、サハラ砂漠への3日間の旅がはじまった。
text & photography=KARIN(étrenne)
その日泊まる宿に到着した。
夕飯は煮た野菜とパスタ、タジンが出たが、パスタは何味だったのかは分からなかった。そしてきっと残ったら次のツアー客にいくのだろう、と思われる大量のパンが並べられていた。衛生的にも残ったら捨ててしまう日本では考えられないことだと思う。けれど食物を大事にしている感じがとてもいい。この国の人たちのたくましさを食卓に垣間見た気がした。
ローマから来たという夫婦が、"カサブランカ"という名のビールをご馳走してくれた。 メニューにはお酒は基本記載されておらず、頼むと出してくれるようだった。 すっきりとしていて飲みやすい。ビールに限らずともその土地のものをいただくことは、自分が受け入れてもらえたような気がして嬉しい。
2日目の朝5時。夜明け前のアザーンが近くのモスクから聞こえてくる。アザーンとは、モスクで行われる礼拝の呼びかけである。ムサンメンという名の、セモリナ粉を使ったモロッコのクレープを食べ終え、朝8時にサハラ砂漠の玄関口となる
メルズーガへ出発した。
段々と緑が青々としてきてきた。いくつもの畑が連なり、今まで見ていた乾燥した地帯からは想像のできない景色が広がっている。やって来たのは
トドゥラ渓谷。 ここでは、女性が絨毯を編む様子を見せてもらった。基本的に絨毯を編んでいる女性の姿は見てはいけないらしく、なんだか日本の昔話「鶴の恩返し」の機織りを思い出す。 カーペットの販売が始まり、たくさんのカーペットが部屋に続々と並べられていく。どれも魅力的だったが、私たちはシルクで作られた赤のカーペット2つと、オレンジと白と黒で編まれた玄関用マットの3つをゲットした。
手渡された一つのノートに買い手が希望の値段を書いて、次に商売人が売りたい値段をそこに書く。そんな感じで交渉が始まるのだが、希望の約4分の1ぐらいの低い値段から始めないと買いたい値段では手に入らない。お互いの納得のいく値段に落ち着くまでざっと30分ほどかかった。
午後3時頃、メルズーガ大砂丘に到着した。 アフリカの3分の1近くを占めるサハラ砂漠の入り口だ。 私たちは、ベルベル人のガイドからターバンの巻き方を教えてもらってラクダに乗った。 今日泊まる砂漠地帯のテントまでラクダが連れて行ってくれるのだ。 砂漠には、スノーボードの形をした木の板が置いてあり、陽気なベルベル人にのせられて、砂漠を滑ってみる。そうこうしているうちに、砂漠の彼方に夕陽が沈んでいく。滑っている間に夕陽はもう見えなくなっていた。
陽気なベルベル人が「元気」「きれい」「すてき」と日本語で声をかけてくる。モロッコの人たちはみんな日本語をよく知っていて、ある男性は漫画『NARUTO -ナルト-』が好きだと言っていた。日本から遠く離れた地で母国の言葉を聞くとホッとする。
宿泊するテントは、竹らしきもので柱が造られ、藁と布で壁ができている。モロッコの織物が張られていて目が楽しい。
今日の夕飯もタジン。みんながタジンにそろそろ辟易しているのが見てとれた。2日間昼夜タジンを食べているのでそれはそうだと思いながらも、私と弟は残すことなくいただいた。
野菜と肉から出た旨みを活かし、塩とスパイスで味付けされているタジン。日本食と通ずるものがあり、絶妙な薄味も相まって、無限に食べていられると思う。とってもおいしい。
焚き火にあたっているとベルベル人たちの演奏が始まった。テンポの速い太鼓とギターとダブルカスタネットの音が鳴り響く。身体の中からエネルギーが満ち溢れ、自然と身体が動く。みんなが輪をつくって踊っていた。灼熱の乾燥地帯を生き抜いてきた力強さがこの音楽にはある。
テントを出て、砂漠に出てみると月明かりでとても明るい。 丘の高い所では、風の音やベルベル人の音楽が聞こえてくるが、少し低いところにいくと音がまったく聞こえてこない。砂漠に取り残されたような、包まれるような不思議な感覚に陥り、安部公房の『砂の女』を思い出し、ゾクゾクとしてくる。
朝7時、砂漠から朝日が顔を出す。 細かいサラサラとした砂が太陽に照らされ黄金にキラキラと光る。 サハラ砂漠はかつて緑に覆われていたという。何万年もの時を超えて自然に形成されてきた、どこまでもつづくこの砂漠から、目が離せなかった。
マラケシュに帰る途中、感じたことなどを弟と語り合う。
完璧な時間配分をこなしていたバスの運転手は、みんながトイレに行きたくなるであろう手前でしっかりと休憩時間をつくり、ホテルのシャワーはしっかりとお湯が出た。格安ツアーだったので覚悟はしていたし、実際のところ過酷ではあったけれど、なんだか居心地のよい3日間の旅であった。 車内で有名なポップソングがモロッコ調にアレンジされた曲が鳴り響くなか、夜8時、賑わうマラケシュの街に到着。
その後宿に向かう途中で、弟のお財布が盗まれてしまっていたことを、このときの私たちはまだ知らない。
3日目、いよいよモロッコ最終日。いざ街に繰り出そうというとき、弟の財布が盗まれていたことに気付く。 ツアーでカーペットをゲットしていたことは救いであるが、これからたくさんのお皿や工芸品を探しに行こうとしていた手前、意気消沈してしまう。残りの所持金、1万円。今持っているこのお金でやりくりするしかない。
しかし、モロッコの物価はとても安く、モロッコ産の顔料を3種類ほど(オレンジ色のコクリコフラワー、インディゴブルー、真っ赤なマラケシュレッド)をスパイス店で買い、お皿も13枚ほど手に入れた。
〈SOUFIANE ZARIB〉というインテリアショップも訪れた。インターホンを押して店の中に入ると、マラケシュの雑然とした街からは想像できない、モダンな3階建ての建物が出迎えてくれる。ヴェルナー・パントンや、マルセル・ブロイヤー、ハーマンミラーの椅子が並び、奥にはたくさんのカーペットが置いてある。グレーのツナギを着た長身の男性が店内を案内してくれるのだが、緊張感がすごい。下手に店内のものに触れてはいけないと慎重に歩く。 ここでは、モロッコの隣国マリの先住民がつくったという置物をゲットした。1830年代のものだという。
マラケシュの街中を歩いていると、みんなが日本語や中国語、韓国語で呼びかけてきて、思わず笑ってしまう。 しっかりしないと飲み込まれてしまいそうになるほど、エネルギーに満ち溢れた活気のある街で、私たちは無事お目当てのものをゲットできたのだった。
PROFILE
花梨(かりん)●モデル、コラージュアーティスト。多摩美術大学で舞踊ゼミを専攻。モデル活動のほか、近年はコラージュアーティストとしても活躍。国内外の雑誌へのアートワーク提供、アパレルブランド・店舗とのコラボレーションアイテムの発売など作品の幅を拡げている。また、光石研主演YouTubeドラマ『東京古着日和』ではヒロイン役を演じた。
Instagram:
@karin_works_