#Creator's Trip by 在本彌生
東の森でキノコ狩り
in リトアニア・アニクシャイ

PR - 2024.02.02

世界各地を旅して、美しいもの、奇妙なものを撮影する写真家の在本彌生さん。この冬訪れたのはヨーロッパ北東部に位置するバルト三国のひとつ、リトアニア。さてこの旅で何を見つけてきてくれたのだろうか。在本さんが歩いたリトアニアの森の話をどうぞ。

photography & text = YAYOI ARIMOTO

リトアニアの野草のゆらめき

リトアニアでは思いがけない出来事や発見に遭遇することが多い。何かを見たり体験しようと出かけると、その周辺にさらに予想外のうれしいサプライズが待っている。この国について知らないことが多いということでもあるだろうが、それぞれの場所、もの、そして人が、独特な魅力に満ちていて文字通り「血が通っている」印象がある。

東部アニクシャイで、ハーブ専門店〈Arbatos Magija〉を訪ねた。ハーバリストの店主、ラムーナスさんのエスコートで店のすぐ近くにあるハーブガーデンへ。リトアニアでよく使われている代表的なハーブを実際に見せていただいた。大きな手で優しく葉を撫でながら、ラムーナスさんはリトアニアのハーブについて解説してくれた。

「これらのハーブを使ってさまざまにブレンドして、いろいろな目的に合わせたハーブティーをつくっています。でもこのガーデンでハーブを収穫しているわけではないんですよ」それなら何処かにハーブを育てている畑があるのですかと聞くと、ラムーナスさんはこう答えた。

「ハーブは川原や森で自生しているものを採取しているのです。夏前が採取がもっとも忙しい時期なんです」なんと！天然物のハーブを天日でじっくり乾燥させて、それをブレンドしているという。お店で売られていた可愛らしいパッケージのブレンドハーブはリトアニアの大地生まれの野生育ちなのだ。これはすごいと感心したが、そういえば日本にも天然ものの海苔や天草（これとて海のハーブ）があるし、子どもの頃、祖母と一緒に河原に生えたヨモギを摘みに行ったりしたのを思うと、私もこれまで当たり前に自然の恵みを身体に取り入れてきたことに気づく。ハーブと呼ぶと洒落て聞こえるが、すなわち「野草」。野草だからこそ存分に自然の力を蓄えていて、穏やかに身体に効いてくる。　

光が燦々と注ぐワークショップに移ると、ラムーナスさんがさまざまな種類のハーブティーを淹れてくれた。「この季節にぴったりだから」と勧めてくれたのはクレマチス、ジャスミン、ノコギリソウ、ヤグルマギク、ナナカマド、リンゴの花などのブレンド。これまたラムーナスさんが育てているハチミツと一緒にいただいた。軽やかな花の香りの後にほんのりと清涼感が広がり、口をつける前から緊張感がふっと緩む。野生の力を受け止めるような素敵な一杯だった。　

お土産にそのお茶を買って帰り、東京の自分の部屋で淹れてみた。ポットの中いっぱいにリトアニアの野の花々がゆらめきながら開いていった。川辺に豊かに茂る花々が風にそよぐ光景が目に浮かんだ。

DATA

Arbatos Magija
住所｜Tilto g. 3B, 29106 Aniksciai, Lithania
https://arbatosmagija.lt/

森へゆきましょう

豊かな森と水はリトアニアのたからものだ。リトアニアの国土は北海道の約80%ほどで、街から街への移動はおのずと車になることが多い。都市部をほんの少し離れると、樹々が豊かに茂る中を幾度もくぐり抜けてゆく。車窓から濃い緑を眺めているとなんとも爽快、自分まで森林の一部になっていくような気持ちになる。白樺のハート型の葉が風とじゃれあって踊る様子などは見ているだけで飽きず、走り去っていくのが惜しくなるほど。森への憧れは、人が生まれながらに抱く自然や生命への畏敬、まさに本能からくるものなのだろう。

リトアニア出身の映像作家、詩人のジョナス・メカスは、彼の故郷の森の優しさ、そして自然に、深く慕しみをもっていた。彼の著書『メカスの難民日記』や、数々の映像作品の中に登場する移り住んだニューヨークや、家族で旅したヨーロッパの各地、要するに故郷のリトアニア以外の場所で捉えられたノスタルジックな木々や花々の姿から、それが痛いほど伝わってくる。彼の作品に漂う独特な自然への敬意は、この「静かに燃える森」に育まれたのだろう。メカスがナチスから逃れるためひたすら歩き、噛み締めた故郷の姿もこんな深い森だったに違いない。

私がリトアニアを旅した季節は、秋の終わりに近づいていた。それでももしかして叶うかもしれないと私が期待したのが、森でのキノコ狩りだった。現地で通訳をしてくれたユーナスさんに聞くと「いやぁ、きのこのシーズンはもう終わりましたよ、少し前まで結構よかったんだけどね」そう言われたが、私は少しだけでもいいからキノコ狩りという名目での森散策に出かけたかった。メカスへの憧れのあまり、リトアニアの森に入りたかったのだ。「そんなにいうなら行ってみましょうか」時間のないなか、ささやかな私の望みをなんとか叶えようとしてくれるのもリトアニア人の親切なところだ。

地元の人は流石に鼻が利く。どのあたりに行けばキノコがあるかおおかた予測が立つようで、アニクシャイで遅いランチを済ませたあと、レストランの奥にある森に行ってみることになった。ユーナスさんと案内役のエルゼさんは、私たちを連れて歩き出すと、どんどんと脇の藪に分けいって「キノコ目」を働かせた。毒性のあるキノコもあるから慎重だ。

私はとりあえず森の入り口から、できるだけ奥のほうに歩み出してみた。空に向かって聳えたつ木々はモミの木、シイの木など、幹は細いがかなり背が高く、15mはゆうにありそうだ。森に広がる空気は静かでしっとりとしていて、呼吸するだけで体内の隅々まで滋養を送り込んでくれるよう。目には見えない「命を巡らせるエネルギー」で満たされているみたいに感じる。枯れた葉が生まれ変わってできた腐葉土はフカフカと心地よく、カーペットの上を歩いているようで、踏みしめるたびに力をもらう、そんな森だ。

その心地よさにしばしぼんやりしていると「キノコがあったー、こっちだよ」と遠くからエルゼさんの声が聞こえてきた。駆けつけると、仲間が両手にいくつもキノコを携えている。「これはもっと美味しいのが見つかれば取らないでおくキノコなんですよ」とユーナスさんは言っていたが、いやいや、充分に立派、艶やかで美しいキノコだ。いちど探し始めると、見つけるのが楽しくて夢中になって、葉っぱと枝の中をさぐり回った。

しばらくすると、また向こうのほうからエルゼさんの「あったー！こっちだよ」の声が聞こえた。こんどは待望のポルチーニ茸が見つかった！ひとつ見つかるとその周辺にいくつも見つかるのがキノコ。